社会人1年目、ポルシェを買う。

2016.10.12

第35話:あなたのポルシェに乗せてください! (ケイマンGT4編)

夏の暑さがいつのまにかおわった。
朝になると太陽のにおいがするし、
夜になると金木犀のかおりがする。

そんなある日の休日に、
ちょっとした用事で、埼玉の新都心にいた。
予定が思っていたより早く済んだので、
クルマを路肩にとめたまま、
「さて、どうしようか」と考えていた。

「あのぉ」という声が背後から聞こえてきた。
振り向くと、Tシャツに細身のパンツを履いた
おしゃれなお兄さんが立っていた。
「シャカイチさん、ですよね?」とお兄さんはいった。
「シャカイチではないですけど、まぁシャカイチです」
と、よくわからないことを、動揺して答えたと思う。

「あさAUTOCARを開いたら、海外ニュースをみて、
 シャカイチを読みます」とお兄さんはいった。

お兄さんのうしろには、洗車キズひとつない
ガーズ・レッドのケイマンGT4が停まっていた。
低いアイドル音は、飼い主のうしろで僕を警戒する、
正義感の強い番犬を思い起こさせた。
それはお兄さんの相棒であった。

お兄さんはTさんという。
歳は、僕の4つ上だった。
「学年でいうと5つ上だけど、早生まれなので」
と、Tさんは説明してくれた。

おたがいのポルシェの話を道端でした。
Tさんはミニ・ジョン・クーパー・ワークス
→ボクスターS(981型)
→ケイマンGTS(981型)と乗り継いできたのだそうだ。
気がつけば話しはじめて1時間をすぎていた。

 

「よかったら運転してみてください」Tさんはいった。

思わぬオファーに驚いたけれど、
せっかくの機会だし、なかなか乗れまいとおもい、
お言葉に甘えさせていただくことにした。

けれど、そのまえに、
シャカイチ号にのってもらうことにした。

ケイマンGT4がどんなクルマか気になるけれど、
それよりモダン・ポルシェ(戦闘的)に乗るひとが
18年前の911をどう感じるかに興味があったからだ。

Tさんはシャカイチ号を発進させるやいなや
「クラッチ・ミートの位置がけっこう手前なんですね」
と、ちょっと戸惑ったような口調でいったっきり
15分あまりの試乗会が終わるまで
シャカイチ号については特になにも話さなかった。

はっきりといって魅力を感じていなかったと思う。

そしてケイマンGT4を運転する番になった。
そして僕は、Tさんが感じたことを即座に悟った。

ケイマンGT4のカーボンのバケット・シートは、
着座位置をとても低くするうえ、
からだをガシリとホールドする。

クラッチ・ペダルを踏むとスコンと奥にはいるし、
ギアを1速にいれると、
チャキっと歯車が噛みあうような音がする。

「機械式の腕時計も好きなんだけど、
 GT4に乗るとムーブメントのなかにじぶんが入って、
 その一部になっているような気になります」と
Tさんはいった。大賛成だと僕はおもった。

発進した。アイドル時、低く唸っていた音は、
アクセルをふむとビリビリと空気を揺らした。
つねに何かを切望するような、
乾ききった、けれど、情緒的な音だった。

アシは硬い。カーボン・ディスクのブレーキは、
踏むたびにザーーッというヤスリをかけたような音を
車内に反響させる。PCCBならではの音らしい。
ルーム・ミラーを覗き込むと、
大きなリア・ウイングがうしろの景色を
容赦なく上下にまっぷたつに割っていた。

カーボンのパネルも黄色いステッチも
アルカンターラの表皮も室内の空気を
ピンと張りつめさせていた。

 

6速マニュアルを4速から3速、2速に落とすたびに、
GT4は完ぺきな(とうぜん自分よりはるかにうまい)
オート・ブリッピングを披露してくれた。

いじわるしてやろうと1速まで落としても、
何事もなかったかのようにプンと一発
歯切れよいブリッピングを
前後逆に搭載した991カレラSの3.8ℓ自然吸気にくれて
軽快にシフト・ダウンを決めた。

なるほど、これに乗っていると、18年前のカレラが
どうしたって「ふつうのクルマ」にうつるだろうなぁ。
じっさい、シャカイチ号に乗り換えると、
シートのクッションは「ぶわぁん」としているし、
ペダルもギアノブの感触も「ぐにゃ」っとしていた。
GT4の着座位置があまりにも低かっただけに、
シャカイチはバスに乗っているような気さえした。
(もちろんほかの部分にいいところがあるんだけど)

ものしずかなTさんと、
気を抜いて馴れ馴れしくすると火傷してしまいそうな
ホットなGT4のギャップがいいなぁとおもった。

Tさんは、よく辰巳PAにいくけれど、
ポルシェ軍団とはそっと距離をあけ、
ひとりの時間をたのしむと話してくれた。

ぼくも軍団の輪に進んで入っていくタイプではないので
勝手な親近感をおぼえた。ふたりで辰巳にいった。

すずしくなった休日の、ぜいたくな夕方だった。

 

※今回も最後までご覧になってくださり、
 ありがとうございます。
 
 よーく考えると、
 読者のかたとじっさいにお会いするのは今回が初。

 日々、メールのやり取りをしていると、
 なんだかいつもお会いしているような気がします。

 それはそうと、皆さん、
 オートカージャパンフェスティバル
 いらっしゃいますか?

 もし、いらっしゃるならば、
 シャカイチ号で行こうかしら。とおもっています。

 今後とも、[email protected] まで、
 皆さまの声をお聞かせください。
 もちろん、なんでもないメールだって
 お待ちしております。

 
 

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