社会人1年目、ポルシェを買う。

2016.11.02

第38話:社会人1年目、笹本健次編集長のポルシェ356に乗る。

笹本編集長がまだ25歳だったころ、
なけなしのお金をはたいてはじめて買ったポルシェは
356Cクーペというモデルだった。
新車時から10年がたった頃だった。

ポルシェ356というクルマは、
連綿とつづくポルシェ911のご祖先さまといえる。
もっとストレートにいうならば、
ポルシェがはじめて世におくりだしたモデルである。

 

当時はじめて356を買ったときから42年がたった。
そのあいだに笹本編集長は、
356を含めて21台のポルシェを買った。
いまはドイツのポルシェ本社が公認するクラブ、
「ポルシェ356クラブ・オブ・ジャパン」
の事務局長をやっている。

356クラブが設立されたのは40年前のことだ。
「ポルシェに乗る以上は、きみも
 356を知っておく必要があるだろう」ということで、
滋賀県と京都府が開催の地として選ばれた
40周年を祝するイベント ‘356ホリデイ’ に
参加することになったのだ。

 

編集長のガレージにいくたびに
シルバーの356Aカブリオレ
が収められていることは知っていたけれど、
ほかのきらびやかなクルマばかりに目がいっていたのは
「356にあまりに馴染みがない」
と思いこんでいたからだろう。

2016年になんとかポルシェを維持する僕にとって、
1957年製のポルシェ356は
おなじポルシェといってもあまりに ‘年上すぎる’ し、
いまのポルシェにくらべると見た目がかわいすぎる。
批判をおそれずにいえば ‘ビートルみたい’ という
程度のことしか考えられていなかったのだった。

だから、356に同乗してイベントにむかう前日も
「あしたは体力勝負だなぁ、ふう……」と思っていた。
ベントレー・ベンテイガという魔法の絨毯みたいなクルマで
べつの取材のために箱根の往復をしていたからなおさらだ。

 

ただ、いざ356の助手席に座ってみると予想は覆された。
それはそれは快適だったのだ。
シートはふかふかで乗り心地もとってもよかった。
とてもよいペースで軽々と高速を巡航しつづけた。

「いつの時代も、ポルシェの掲げる最高速度は
 瞬間的なものではなくて、巡航速度だからな」と以前
編集長がいっていたことを思いださずにはいられなかった。

4気筒の水平対向エンジンらしい
トットッ トコトコというビートを耳にしながら
たまに曇ってしまう窓を内側から拭いたりしているうちに、
あっという間にイベントのスタート地点にたどりついた。

ついてまずポルシェの世界の大先輩たちに挨拶まわりをした。
356クラブの副会長は、
「知らんでえぇ世界にきてもうたなぁ」と、おっしゃった。

「ほんとはな
 “なんやへんな古いポルシェ好きもおるんやなぁ”
 くらいでちょうどいいんやけどな。ひゃっひゃっひゃ」

「帰るころには “おれも356買うて……”
 とか考えてるはずやで。そしたらもう終わりや」
 と、いきなり宣告された。

 

そこから3日間。まさに356漬けの日々だった。
トットッ トコトコというビートを聞き、
オイルがほのかに焼けるいい香りを脳に取り込みつづけ、
“19◯◯年式からは窓が3mm大きくなる” とか
カルマン・ハードトップ・ボディでスリットが2ヶ所なのは全部で何台
とか、そういった呪文を朝から晩までずっと聞きつづけた。

はたして僕は356の虜になってしまった。

“なんか古くて、かわいすぎるポルシェ” は
いまでは僕の憧れの的になってしまっている。

「自分の価値観は、体験することでしか変わんないんだよ。
 いやぁそれにしても、おれの356ったらかわいいなぁ」と
オフィスで見たことのない笑顔を見せる編集長は、
とってもきらきらして見えた。

 

僕もかつての編集長とおなじように
25歳で18年おちのポルシェ996を買った。
42年後の西暦は2058年になっている。
996がドラスティックに変わった911として
評価されているかどうかは
そのときの人たちが考えることだから
想像したって仕方ないけれど、
すくなくともそのとき、およそ60年前のクルマを
“あぁでもない、こうでもない” と、いつまでも語れる
ちょっとへんなおじさんに進んでなりたいとおもった。

 

「2年後の記念イベントまでには356手に入れとけやぁ」と
会長は356のちいさな窓から手を振りながらいった。
356はトットッ トコトコという音とともに帰路についた。
 
 
※今回も最後までご覧になってくださり、
 ありがとうございます。
 
 いやぁ、それにしても356はよかったです。
 だって、およそ60年前のクルマが
 とても元気よくビュンビュン走るんですもん。

 ためしにGoogleで “1957年” と画像検索すると、
 現代の世界からおよそかけ離れた風景がたくさんでてきます。
 そんな時代に、
 ポルシェ356がすでに生まれていたことを考えると
 あらためてびっくりしました。

 イベントのくわしいレポートは
 こちらに掲載されますよ。
 おたのしみに!

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記事に関わった人々

  • 上野太朗

    Taro Ueno

    1991年生まれ。親が買ってくれた玩具はミニカー、ゲームはレース系、書籍は自動車関連、週末は父のサーキット走行のタイム計測というエリート・コース(?)を歩む。学生時代はボルボ940→アルファ・スパイダー(916)→トヨタ86→アルファ156→マツダ・ロードスター(NC)→VWゴルフGTIにありったけのお金を溶かす。ある日突然、編集長から「遊びにこない?」の電話。現職に至る。
 
 

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