クルマ漬けの毎日から

2015.06.24

行き先は道まかせ

Mr.Saab said, “The road has to go somewhere…”

 
サーブのラリーの伝説、エリック・カールソンが亡くなったというとても残念で悲しい知らせを聞いた。カールソンは偉大なドライバーだっただけでなく、最高にいい人だった。ある冬の数日間、カールソンは私たち自動車ジャーナリストに氷上をどのように運転するかを教えてくれた。その時以来、彼のことをとてもよく知っている。カールソンが運転するクルマに仲間と一緒に乗っていた時、振り向いて後ろの席の人に話しかけ、ついには片方の手をハンドルから離して身ぶりをまじえながら運転していた姿が今でも思い浮かぶ。クルマはとんでもない角度で走っていたが、カールソンはまさに完璧にコントロールしていた。

カールソンの話をもうふたつしよう。ひとつは、かつて、ペースノートを使っていなかった時代のラリーはもっと危険だったが、その時代にどのように見通しの悪い頂上を攻めたのか訊ねられたカールソンは、こう答えた。「困ったことは一度もありませんでしたね。結局のところ、道はちゃんとどこかにつながってますから」

ふたつ目は、初代ボクスホール・キャバリエをベースにしたサーブ900(2代目)の記者発表の時の話だ(このサーブは楽しいクルマではなかった)。私は同僚と一緒に夜遅くに目的地に到着したが、すぐにも飲み物と休息が必要なほど疲れ切っていた。すると突然暗闇の中から、クマのような大男がぬっと現れた。そして私たちのクルマのトランクを荒々しく開けて荷物を取り出し、あっという間にホテルへ運んで行った。私たちはまだクルマから降りてさえいないというのに。荷物を運んでくれたのは、エリックだった。

 

 
GMの社長がわれわれの質素な職場を訪れるなどということは、めったにない。だが今日、現社長のダン・アマンが忙しいヨーロッパ訪問の合間にオートカー(英国版)に短時間立ち寄り、私たちと昼食をともにした。サンドイッチが並んだテーブルを囲んで、アマンは次の4つのことを話した。(a)景気後退はアメリカでは終わったようだが、ヨーロッパではまだ完全に終わっていない。(b)GMが米国と欧州で展開するブランド間のモデルの関係は今後さらに深くなるだろう。(c)シボレーのプラグイン・ハイブリッドのボルト(Volt)EVのボルト(Bolt)は赤字だが、それでも継続する価値がある。(d)アマン自身は高性能モデルのドライビングに関心を持っているが、このことは“たぶん”GM車のダイナミクス向上につながるだろう。

またアマンは、最近、フィアット-クライスラーのCEO、セルジオ・マルキオンネから合併の話を持ちかけられたことについては、愉快にこう一蹴した。「私たちはまだGM内での合併を続けていますから」 自動車業界の現状を単純にわかりやすく表現できる人と過ごした素晴らしいひと時だった。

 

 
最新のボルボ XC90で編集部と自宅を往復した。この新型SUVは、13年前に登場した初代の正統な後継モデルだとご報告できる。キャビンのデザインは申し分なく、スカンジナビアの質感とテイストにあふれている。室内は広くなり、先代モデルを好きだった人たちはこのスタイリングを気に入るだろう。とりわけ、洗練された4気筒ディーゼルは、編集部(英国版)が長期テストしているレンジローバーのV6に匹敵する。

現在のボルボは素晴らしいと思う。V40はイギリスの道路状況に適応しているというストレートな主張が気に入っている。というのも、2年ほど前にイングランド南東部のサリーでエンジニアたちがテストしている現場を見たからだ。中国のジーリー(吉利汽車)がボルボを買収した時、ボルボの特徴であるスウェーデンらしい魅力的なキャラクターを未来のボルボは持ち続けることができないのではないかと心配した。だが、XC90を見れば、そんな心配はまったく無用だとわかる。

 

 
先日購入し、まもなく納車されるロータス・エリーゼを確認しに、イングランドのミッドランドへ向かった(現在、4点式シートベルトの取り付けをしている。これでレースで全力疾走できるわけだ)。ここへはスズキ・セレリオで行ってきた。編集部を出発して高速道路M40に入るまでの交通量の多い道を機敏に走ることができるからだ。ところで、経済性の高いクルマで不経済に走るのはむずかしいので、今回は少しスピードを出しながらも、燃費よく走ることを目指した。目的地到着時の燃費は64mpg(22.7km/ℓ)だったので、頑張った甲斐があったと喜んでいた。ところが、緊急の用事で急いで家へ戻らなければならなくなり、帰路は燃費のことをすっかり忘れて、飛ばして走った。だが、帰りもやはり64mpg(22.7km/ℓ)だった。結果はよかったものの、少しがっかりした気分になった。だから今後は、燃費を気にすることなく、単純に走りたいスピードで走ろうと思う。

 

 
ドライビングとは一瞬にして素晴らしくも、そして悲惨にもなり得るものだろうか? きっとそうだと思う。その一例をお話ししよう。週末、年に一度開催されるフランス車のヒルクライムにルノー・ゾエで参加することになったので、会場のプレスコットへ向かった。このレースには、自分のクルマで単純な楽しみとして参加しようと思っていたのだが、主催者の計らいで私はレーシングドライバーのバリー‘ウィゾー’ウィリアムズと一緒に走ることになった。ウィゾーは、イギリス屈指の優秀なベテラン・ドライバーだ。もし自ら恥をかく行為をするとしたら、まさにこれがそうだろう。

ゾエは極めてグリップのよいヨコハマタイヤを履いており、瞬時にスタートを切ることができた。0-60mph加速が12.3秒というクルマにとってはとくに効果的だった。何よりもよかったのは、昼前にどしゃ降りになったにもかかわらず、ゾエのグリップ、ステアリングフィール、コーナリングが抜群だったことだ。むろんウィゾーは速く、音もなくさっと走り去る。人差し指を口のところに持って行って、マーシャルに向かって「静かに」と合図し、音もなく走っていることをおどけて強調してさえいる。ウィゾーのタイムは60.29秒で、電気自動車(ゾエ)での自身の前回記録を大きく上回った。私もまずまずの走りをし、タイムは61.88秒だった。遅いが、どうにもならない遅さではなかった。

 
水曜日の午後、アストン・マーティンのCEO、アンディ・パーマーが運転するラピードの助手席に乗って、ヒースロー空港へ向かうという楽しいひと時を過ごした。パーマーはヒースローから中国へ向かうところだった。アストンが次世代モデルのために資金を確保するには、“フリーキャッシュフロー(純現金収支)”を生み出すことが重要(かつその見込みが強い)といった興味深い話をしながら移動し、午後7時頃ヒースローに到着した。

この日、パーマーと私のスケジュールには重なる部分があった。私は夜、ロンドンで予定があり、パーマーも夜のフライトで出発することになっていた。そして上海には翌日の昼頃到着する。その後、午後3時にイギリス大使とEU大使に面会し、台数の少ない輸入車への税制の簡便化を中国の省庁に対して今後どのように要請するかを話し合うことになっていた。それから、アストンの重要課題の前進に向けて、ディーラーと話し合う。金曜と土曜は北京に滞在し、アストンのスタッフとディーラーとビジネスプランをどう推進するかを話し合う。そして日曜の午後、イギリスへ戻る。ちょうど新しい週が始まる前に。

translation:Kaoru Kojima(小島 薫)


 
 

おすすめ記事