社会人1年目、ポルシェを買う。

2016.06.22

第19話:そうして、いろは坂へ。

栃木県は佐野市を出発。
交通量は多くも少なくもなく、
追い越し禁止の片側一車線がつづいた。

生活道路として軽自動車が多く、
ごくたまに畑で仕事をおえた
(あるいはこれから仕事に向かうであろう)
トラクターに出くわしたりする。

どこからともなく野焼きの香りがしてくる。
20年以上すごした九州を思いだして、
自然と肩の力がぬけてくる。

1時間ほど走ったころだろうか。
左右に杉の木が礼儀正しく並ぶ直線路に出くわす。
あとから調べたところ、
日光杉並木街道というらしかった。

永遠につづきそうなくらい長いその杉並木は、
適度に僕らのクルマの音も反響してくれるから
ついつい調子づいてアクセルを踏んでしまう。
さほど大きな音量ではないけれど、ザラザラ〜といった
ポルシェらしい乾いた音は聴いていて心地がよかった。
杉の木の隙間からトシキくんのZに光が差す際、
リアウインドウの向こうにロールケージが
うっすらと見えるのもなんだかかっこいい。

 
トシキくんに追い越されたり、
追い越したりしながら走りつづけ
街の電気屋さんや、こんにゃく工場、
寿命がのびると書かれた神社をすぎたころには
外国から来たであろう観光客が増えてきた。
そして、そこから数分後に日光いろは坂が姿を現した。

さいわいにもクルマが少なかったから、
徐々にペースをあげながら走っていく。

上りの中腹だったころだろうか、
リアがとにかく重いことに気づいた。
なんというか、リアカーに荷物を満載にして
引っ張る感覚だ。重いというよりダルい。
不自由極まりなく感じた。

もう少しペースをあげたところで
コーナー出口手前で試しにグイと
アクセルを踏んでみた。

そうすると後輪がほんの少しだけズルっとすべった。
同時に、「あぁこれはダメなやつ」と直感した。
というか悟った。

多分、もう少しアクセルを強く踏めば、
リアが重い振り子のように振られ、
そのまま悲惨なことになるだろうという
イメージが頭のなかにクッキリ浮かんだ。

ポール・フレール氏がカーグラフィックTVで
964RSをドライブしていた際、
リアが少し流れた時には、
こともなげに ‘ふわっ’ とカウンターをあてていた。

沢村慎太朗氏が執筆された
午前零時の自動車評論3(文踊社、2012年)には
「911はケツが重いのでスピンが怖いと
 みんな腰を引くが、おれに言わせれば
 あんなにスピンしにくいクルマはない。
 姿勢が乱れかかっても、とりあえず
 アクセル当てれば絶対に回らない」
とあったが、
姿勢が乱れかかれば、多分は僕は泣きながら
必死にブレーキを踏むだろうと思った。

とにかく、
真っ暗な洞窟に置いてけぼりにされたような
ことばにできない恐怖心を感じた。
乗るのいやだなぁと思ったほどだった。

逆に下りは、ちゃんとブレーキを踏まないと、
わぁ〜となるほどノーズは外に引っ張られた。

以前センパイの930を運転させてもらった際、
「いつかはこれを思うままに操るんだ」なんていう、
ありがちな使命感なぞ湧いてこなかったと書いたが、
今回に関しては、できればもう少しうまく走りたいと
思えたことが唯一の救いだったかもしれない。
知りたくなかった事実に直面して、
つらかった反面、総じて新鮮な体験になった。
 
 
九十九折を下りきってから、ふと気づく。
あれ、トシキくんが来てないじゃないか。

15分ほど待っていると、Zがそろそろと下りてきた。
トシキくんは後頭部をかきながら、
「やっぱコレがいるとあんま飛ばせませんね」
と、小指をたてる。それどころか
「太朗さん、頂上付近から見える景色みました?」
などとニコニコしながらいうではないか。

そう、
あいつは彼女を助手席にのせてきたのだ。
あいつは彼女を助手席にのせてきたのだ。
ちくしょう……。

変な顔するトシキと、はずかしがる彼の彼女の
仲むつまじい写真をみて幸せをわけてもらいましょう。
 
 
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