社会人1年目、ポルシェを買う。

2017.02.25

第47話:サクゾウさんがいた日々のこと。

サクゾウさんと出会ったのは、
「シャカイチ号」が納車された翌日だった。

納車された日は夜おそく、
ろくにクルマを見ることができなかった。
だから翌日、ドキドキしながら駐車場に
「シャカイチ号」を見にいったときに
出会ったのだった。

サクゾウさんは、駐車場のうしろに建つ、
なんだかボロボロのアパートに住んでいる。
なかには扉がはずれかけている部屋もある。
壁の繊維1本1本までタバコのヤニがしみついたような
古くて懐かしい香りのするアパートだ。

サクゾウさんは
暑い日も寒い日も、肌色のガサガサしたズボンに
白いTシャツを着て、ワンカップ大関を持っている。
色は白くて、髪はいつも短かった。

ワンカップ大関は、1日に半分ずつ飲むのが、
いまのサクゾウさんの年にはちょうどいいのだそうだ。

サクゾウさんの年はよくわからないけれど、
歯がほとんどないので80歳くらいにも見えるし、
けれど腕は筋肉りゅうりゅうだから
もっと若いのかもしれない。

はじめに話しかけてきたのはサクゾウさんだった。

「おれが、ちゃあんとクルマ見とくからよ
 なんかあっても大丈夫だからな」といった。

それから何度も話したのに、いつだって
「にいちゃん、それスポーツカーだろ。
 おれはよぉ、1回も乗ったことねぇの。
 彼女乗せるのにいそがしいかもだけど、
 まぁいつか乗せてくれよ」といった。
ほんとうに、いつもいつもそういった。

「じゃあ今日、ドライブしますか?」というと
「今日はおれ、忙しいんだ」と笑っていった。
ドライブを終えて駐車場に戻ると、
やっぱりサクゾウさんはベランダで
ワンカップ大関を飲んでニコニコしていた。

ぼくがタクシーとぶつかったときも、
サクゾウさんはワンカップ大関と一緒に声をかけてくれた。

いまはときどき工事の手伝いにいくけど
若かったときはタクシーに乗ってたから、
おれが話をまとめてやるといってくれた。

「ま、だれも傷つけちゃいないんだから
 それに、にいちゃん生きてんだから、
 それでいいじゃん。しょぼい顔するな。
 生きてりゃ、ばんばんざいさ」
ともいった。しわくちゃな顔で笑っていた。

        ■

ことしは秋が短かった。

あっというまに木の葉は落ち葉になり
それさえも消えて、冷たい風が家の窓を打ちつけている。

サクゾウさんは
いつもベランダから話しかけてくれていたのに、
いつしかサクゾウさんの家の雨戸は
閉まりっぱなしになった。
チラシがポストにたくさん詰まるようになった。

おおよそわかっていたのだけど、
大家さんに聞くことができなかった。
先月、駐車場代を払いに行ったときに
やっぱり勇気をだして聞いた。

        ■

サクゾウさんの家にはいつも見回りのひとがきて、
サクゾウさんが元気かどうかを確認していたのだそう。

サクゾウさんは、
いつもみたいに眠るようにして、
自然に天国にいったのだそうだ。

どこか体が悪かったわけではなく、
これは要するに寿命だった、という判断だった。

天国にインターネットがあるのかわからないけれど、
できればサクゾウさんが
シャカイチを読んでくれればなと思う。

なにかのクルマを買っていれば、
いまの駐車場を選んでいただろう。
だけどポルシェだったからこそ
サクゾウさんは声をかけてくれたのだと思う。

生きてりゃ、ばんばんざい。

サクゾウさんのしわくちゃな顔といっしょに、
つらくなったらこの言葉を思いだそう。

サクゾウさん、ありがとう。

※今回も最後までご覧になってくださり、
 ありがとうございます。
 
 書いておかなくちゃ、と思って
 書いたのははじめてかもしれません。

 サクゾウさんの存在は、
 それほどにあたたかいものだった。

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