コラム&エッセイ

2017.05.13

バック・トゥ1980

[編集部より]

トールボーイの愛称で1981年にデビューしたのが初代ホンダ・シティでした。その独特のスタイリングでホンダのヒット作となりました。このシティ、海外ではジャズというネーミングで販売されていたことから、現行フィット(こちらも輸出名はジャズ)のルーツに当たります。

バックトゥ1980 ーー 禁じ手、トールボーイ・スタイルで一斉を風靡したホンダ・シティ

ホンダ・シティ(1981)

常識を覆したトールボーイ・スタイル

1981年11月11日、1が5つ並ぶ日に発売されたのが、ホンダのコンパクト3ドア・ハッチバックであるシティだ。ベストセラー・カー、シビックが初代から2代目になった際に、これまでの1.2ℓクラスから1.5ℓクラスがメインとなったため、穴の開いた1.2ℓクラスのクルマが必要となったというのがその経緯である。


何と言ってもホンダらしいところは、これまでの既成概念にとらわれないボディ・スタイルを採用したことにある。冷静になって考えれば判ることだが、ボディ・サイズを最小限に収めるのであれば、全高を高くとれば室内スペースが稼げるじゃないか、という発想である。タイヤを出来る限り四隅に追いやった上で、商用ワンボックス軽のような1470mmという全高をもたせたのだ。ちなみに、全幅は1570mmだったから、前面からみればほぼスクエアなモデルだった。ちなみに発売1年後には、全高が1570mmと本当にスクエアなマンハッタンルーフというモデルも追加されている。また、全長も、現在の軽自動車よりも短い3380mmというサイズだった。

2シーター・モデルもあった

デビュー当初は、SOHC1.2ℓノンターボ・モデルのみ。商用車としてシティ・プロF、プロTというモデルもラインナップされていた。ちなみに、当時勤めていた出版社では面白がって(?)2シーターのプロTを購入。編集部や営業部のアシとして使っていた。時効だから話すが、3人ほど乗らなければならない時は、セカンド・シートがある荷室部分に、あかたもシートがあるように座っているフリをして乗ったこともあった(笑)。

トコトコと良く走る街中重視のセッティグ

エンジンは67psの1.2ℓのSOHCという非凡なもので、まぁ、必要にして充分なパワー。高速走行はちょっときついかな、という感じだったのを覚えている。但し、この1.2ℓエンジン、ボアがφ66.0なのに対しストロークが90mmという超ロングストローク・ユニットで、中低速域が厚かった。従って、高速でビュンビュン飛ばすのは不得意だったが、街中では非常に扱い易いユニットだった。また、ステアリング、クラッチ、ギアシフトなど、すべての操作系が非常に軽かった記憶がある(これはMTの評価で、悪評高いオートマ、つまりホンダマチックはイマイチだった)。ただし、5ナンバーの乗用車といっても、さすがにボディはペラペラで、内装はシンプルそのもの。まだ、1981年当時は、5年後にバブル景気が日本に襲来、なんて予想もできなかったため、こういったシンプルなクルマが評価されていたのかもしれない。

モトコンポを覚えているか?

この初代シティ、そのユニークなスタイルもあるが、他にも話題をさらったことがあった。ひとつは、モトコンポというリア・トランクに積むことのできる専用の原付きが同時発売されたこと。街中を走るには少し不安な原付きだったが、トランクに乗せてキャンプ場やサーキットなどに行った際に使うという新しいライフスタイルの提言だった。確か当時は8万円という価格だったが、今では15万円から40万円という価格でマニアの間で取引がされている。なお、このモトコンポが発売された時は、原付きにはヘルメットが必要なかった佳き時代だ。

そしてもうひとつ話題となったのが、マッドネスというイギリスのスカバンドが「ホンダ、ホンダ、ホンダ、ホンダ」と歌いながら、ムカデダンスを踊っていたCMだ。そのインパクトと面白さで、一時は「8時だョ!全員集合」で、加藤茶と志村けんが真似するなど話題となった。

様々なバリエーションを生んだヒット作

さて、このシティ、実はこういったスタンダードなモデルの他に、1982年9月には100psを発揮するターボ・ユニットを搭載したシティ・ターボが、更には1983年10月には110psのインタークーラー付きターボ・ユニットを搭載し、オーバーフェンダーやパワーバルジで武装したシティ・ターボII(通称ブルドッグ)、更には1984年7月にピニンファリーナがソフトトップ部分のデザインを手掛けたシティ・カブリオレなどが追加された。また、短命で終わったが1985年4月に副変速機を備えた4速MT、ハイパーシフトを搭載したモデルもリリースされている。


ターボ、ターボII(ブルドッグ)については、また改めてお伝えしたいが、最後にシティ・カブリオレについて触れておこう。このシティ・カブリオレ、ただでさえ剛性のないシティの屋根をぶったぎってしまったため、本当にボディがタワンタワンするクルマだったが、当時としては珍しい12色のボディ・カラー・バリエーションを揃えていたのが新鮮だった。中にはピンクや淡いブルーといった通常の国産車にない色もあった。それと、ロールバーにつけられた「pininfarina」のエンブレムがクルマ好きにはちょっとくすぐるアイテムだった。

現行価格は50〜80万円

さて、社用車として私の青春の一時期を共に過ごしたシティだが、すでに発表から35年も経過したことになる。もはやクラシックカーと言っても何の問題もないレベルだ。今、一体いくらぐらいで買えるんだろうとググってみたところ、ターボやターボIIでない普通のシティは50万円〜80万円、カブリオレは70万円から100万円といったところ。ターボ・モデルでないので、激しい使い方をされているモデルはなかったし、中にはフル・ノーマルといったクルマもあったが、すでにコレクターズ・アイテムになってしまっていることは確かだ。

※ 「バック・トゥ1980」では、こんなクルマ取り上げて欲しい、とか、昔、このクルマに乗っていたんだけど当時の評価ってどんなものだったのかなぁ、といったリクエストをお待ちしております。編集部までお寄せください。

AUTOCAR JAPAN 編集部 三浦 円

1961年生まれ。AUTOCAR JAPAN 編集部。編集者としての経歴は1981年から。Scramble Car Magazine、Car Magazine、Tipo編集部を経て、Supercar & Classics、Scuderia編集長などを歴任。その後、10年近く自動車雑誌業界から離れていたが、2012年よりAUTOCAR JAPANの編集部員として業界復帰。オート3輪からフォーミュラ・カーまで幅広くドライブする編集者。
 
 
 

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