スティーブ・マックイーンが最初のオーナーだったフェラーリ・ベルリネッタ

公開 : 2017.03.19 08:00  更新 : 2017.05.29 18:52

 
唐突にフィオラノのゲートが開き、係員が我々をコースへと誘導する。指先でシフトゲートを確認しつつ1速に入れ、330ほどは重くないクラッチをリリース。275GTB/4はゆっくりと前進を始めた。第1コーナーに向けて加速するが、タイヤもブレーキもギヤボックスもまだ作動温度に達していない。まずは落ち着いてタイトな右コーナーをクリアしよう。すべての機械要素がリズムを刻み始めるまでには1周かかる。そして、その後は「目からウロコ」だった。最も魅力的なのは、長いコーナーでの落ち着いた身のこなし。ドラッグレーサーのような全開加速も得意だが、それはこの上品なGTB/4には少し似合わないような気がする。

暖まったブレーキのタッチは最高だ。ギヤボックスも同じで、最初は引っ掛かり気味だったが、それはもう過去のこと。この時代のフェラーリの例に漏れずストロークが長くてギヤの噛み合いが精確なので、いきなり素早いシフトをしてはいけない。意識せずに慎重な操作ができるようになってくれば、シフトフィールは素晴らしく滑らかだ。そしてシフトするたびに、けっして暴力的ではないスムーズなパワーの盛り上がりを楽しめる。まるで大きな波を捉えたサーファーのような加速感だ。

セクシーなノーズ。


275GTB/4は扱いやすいクルマと言えるが、それはソフトという意味ではない。限界まで攻めているときでさえ、ドライバーが手足をどう動かすかだけに集中できるだけのバランスの良さを備えているのだ。タイトなヘアピンでは充分に減速してから進入しないと長いノーズをイン側に向け続けるのが難しくなるが、レスポンスの良いオルガン式ペダル(長さは30cmもあるが幅は30mm足らず)を踏み込めば狙ったラインに戻る。ミシュランXWXがリムの上でよじれ、クルマは緩やかにスライドを開始。いったんこのテクニックをマスターすると、どのコーナーでも使える。大事なのはコーナーの途中でスライドを止めないことだ。さもないとコースアウトする。

275GTB/4が速く、ハンドリングも優れていることは驚きではないが、徹底したパフォーマンスカーとして、つまりそのままレースにも出られるようなクルマとして見ても、期待をはるかに超える運動性能の持ち主だ。しかもスムーズな乗り心地、シャープだがギヤ比の低いステアリング、常識的な速度域でのニュートラルなハンドリングのおかげで、サーキットの外の現実世界でも同様に、良い意味で予想を裏切ってくれるのである。

インテリアは豪華かつ実用的だ。


Classic & Sports Carの編集部では今、「シンパティコ」(好ましいを意味するイタリア語)という単語を巡ってジョークが飛び交っている。イタリア車への共感を表現するのに便利な言葉だが、同僚たちが「使い過ぎだ」というのだ。しかし275GTB/4の素晴らしさを表現するのに、この言葉こそ最適だと思う。GTB/4は二重人格なのではない。キャラクターは一貫しており、のんびり走っても全開で飛ばしても同じように優れているというだけだ。

フィオラノの係員の大袈裟なジェスチャーを見て、ペースを落とした。試乗終了を告げるフラッグに気付かずに走っていたようだ。コース脇のパーキングにクルマを停め、しばし畏敬の念に浸る。フィオラノは充分にスリリングだし、275GTB/4はどこで走ろうとそれ自体が特別だ。しかしこのふたつを同時に味わい、さらにハリウッド・スターの煌めきがそこに加わるとなれば、これはもう生涯忘れ得ぬ経験である。

3.3ℓのツインカム・V12の壮観な眺め。これが275GTB/4に魂を与える。


マックィーンが映画『ブリット』で着たツィードのジャケットがオークションで50万ドルの値が付くなどという話には、多くの人がうんざりしている。私もある程度は同意見だ。しかし、彼の”業績”を皆さんがどう思おうと、その影響を過小評価することはできない。彼を熱愛するオーナーがいたからこそ、この275GTB/4がオリジナルの姿を取り戻し、今回の試乗が実現した。写真という証拠を眺めてなお思うのは、まさかこんな体験ができるとは……。まだ夢を見ているような気分だ。

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