すべてが常識の範疇を越えていたスーパーカー、マクラーレンF1

2017.04.03

妥協のない性能

他のスーパーカーの横に並ぶと、ピーター・スティーブンスのしなやかなスタイルは比較的地味であるし、F1は少なくとも装備の面からすれば、かなり旧式である。パワーステアリングはなく、サーボ機構がなく、ABSもない。しかし、必要性のないもので、重量を増やす必要がどこにあるというのか。

しかしながら、このような妥協のない性能と引き換えに、(マーレーは、ホンダNSXによって何が可能かに目覚めたようだ)快適さ、また、快適さほどではないにしろ、実用性さえもが犠牲にされている。インテリアは美しく細工され、見事にパッケージ化されており、ドアのオープナーを座席の下に隠すなどスペースは隅々まで最大限効果的に使われる。特に単独で旅行している場合などには充分な、日常的に使うファミリーカーに匹敵するだけのポケットや収納スペースを備えている。助手席は、その気になれば、買物袋を何個か載せるのにも理想的だ。

F1は、金箔の遮熱板などの附属物といったような仰天する点に目を奪われてしまうため、実際には紛れもなくベーシックかつ美しいクルマだという事実を忘れがちである。ポール・ロシュが設計した636psを発揮するノーマルアスピレーション6ℓBMW S70/2ドライサンプV12エンジンはアイドリングから最高回転数の7500rpmまでパワーを瞬時にかつフラットに供給する。

BMW製のV12エンジンは逸品である。

乾燥した路面でさえすぐに流れるリア

米国からF1を調達してきたDKエンジニアリングのジェームズ・コッティンガムが、いくつかの貴重なドライビングのヒントについて、F1に乗り込む前の筆者に開陳してくれた。「乾燥した路面でもリアは簡単に流れるので注意してください。湿った路面や濡れた路面だと、本当に流れます」

ところが、セイレーンの歌声のような蠱惑的なエンジン音に気を取られていたために、筆者はこうしたアドバイスに意識を集中させることができなかった。「このクルマは特別でしょう。車外よりも車内で聴くサウンドの方が良い唯一のスーパーカーに違いないと思います」。オーナーのこの一言は正にそのとおりだった。しかもアイドリング中でさえ……。

すべてが異次元の世界

このクルマは、シザーズドア、いや、バタフライドアを開け、驚くほど広々としたキャノピーの下によじ登る瞬間から、ジェット戦闘機を操縦しているような気分になるよう慎重に設計されている。優雅に乗り込むことが不可能な中央のドライビングポジションだけでなく、赤いスターターボタンの上の跳ね上げ式カバーやリバースロックアウト、そしてジョイスティックのような形状とフィーリングのシフトレバーもそうだ。そして、フロントガラスの左右にある2つのミラーと、所在なげにドアに後づけされた2つのミラーがあるにもかかわらず、後方視界は悲惨そのものだ。

熱反射特性から、エンジンベイのライニングには金箔を使っている。


コクピットは、実際にはまるで1960年代の感覚であり、ドライバーを包むボディのカーボンファイバーだけがいかにも近代的なフィーリングだ。実際のところ、クラシックカーの運転に慣れている人の方が、おそらく一般の現代人よりもF1に早く適応できる可能性がある。3本スポークの小型のナルディ・ホイールは、ロックトゥロックまで2回転でとクイックだ。キーキーと音を立て、クルマの動力性能と極めて不釣り合いなサーボ機構のないブレーキ、ステアリングのセルフセンタリングの欠如、フライオフハンドブレーキ、そして最初は重いクラッチのどれもが、筆者にとって非常に居心地の良い環境を生み出している。

しかし、なじみがあるのはそこまでだった。それ以外のすべてが未知の世界だった。発進するには2000rpmまで上げる必要があるものの、それ以降、F1は、空気に穴を空け、96km/hに達するまで3秒強しかかからない。ワイスマン製6速トランスミッションの硬めのライフルボルト風レバーを連続してシフトし、241km/hに達するのに13秒もかからない。

 
最新試乗記

人気記事