[ABARTH 70周年]嶋田智之が、いま見つめるABARTH 595

グループBを戦うはずだった幻のフェラーリ、288GTO

2017.04.23

100字サマリー

1986年、トイヴォネンの事故死によって僅か5年で幕を閉じてしまったグループB。このグループBを戦いの舞台とするべく計画されたクルマ達の中には、突然と訪れた閉幕によってその活躍の場を失ってしまったモデルがいくつかあります。ポルシェ959、そしてこのフェラーリ288GTOはその代表例といえるでしょう。

参加するはずのグループBカテゴリーを失ったフェラーリ288GTO。発売当時フェラーリ最速のロードカーであったこのクルマは、今ではポンドで7桁の金額を出さなければ手に入らない。レポーターのオラステア・クレメンツは早速貯金を始めた。

F40よりも歴史的にも重要な288GTO

自動車の歴史を通じて、分水嶺になるようなクルマが何度か出現した。一般的には、そのクルマの1台がフェラーリF40と思われているが実は違う。歴史的にみれば、288GTOこそ相応しい1台だ。なぜと読者は思うかもしれない。F40は最もエキサイティングなスーパーカーとして認められている、と抗議したい気持ちにもなるだろう。その理由は簡単だ。もし、288がなかったならば、F40は存在していなかったからだ。ひいて言えばマクラーレンF1だってなかっただろうし、ブガッティ・ヴェイロンだって存在していなかっただろう。ここにはスーパーカーの原点がある。そう、ここには明確な区別がある。288は1984年にジュネーブ・モーターショーで発表された。それより早くポルシェのコンセプトカー、グルッペBが発表されているが、959ロードカーが発表されたのは288GTO登場の2年後だ。1984年当時、最速で最もずば抜けたクルマは、スーパーカーの定義そのものと呼べるランボルギーニ・カウンタックだった。しかし288は、カウンタックを上回り、同じ年に発表されたフェラーリのテスタロッサさえ遙かに凌いだ。

4本のテールパイプの代わりにファクトリーオプションでミケロット社のツインテールパイプを装備できた。

その意味で288GTOはパイオニアだ。だが、これほどスタイリッシュな高性能ミドシップカーはかつてあっただろうか。より綺麗なクルマならば、ミウラが思い浮かぶが、これほど完璧なプロポーションを持ち、ピュアな攻撃性と美しさがこんなに見事にひとつになったクルマ、これほど「正しい」クルマはかつてなかった。ピニンファリーナは、1977年の308GTBを受け継ぐクルマとして288を創り出した。288には確かに308の要素が残っているが、それは超人ハルクの腰に残っているブルース・バナーのパンツのようなものだ。角張ったボディを低く身構える288は、全身の筋肉を脈動させているかのように見える。果たして、こんなに大きい必要があるのだろうかと、バック・ミラーのデザインに疑問も持つ人もいるだろう。しかし、ボディの全体の機能的フォルムに見事にマッチしている。ギアボックス・ケーシングをリアから突き出して威嚇するようなクルマ、ずり下げたギャング・ジーンズのように傲慢さのあるクルマを好きにならずにいられない。これらの装備と雰囲気は1962年式の250GTOを思わせるが、あらゆるディテールに明確な機能を持たせることで、ステレオタイプなレトロ・イメージは完全に払拭している。リア・ウイングの3本のグリルも同じだ。

ピニンファリーナの最高傑作のひとつ

エキゾーストが静かに軽やかなうなりを立て、カメラマンのシャッター音が聞こえる比較的静かな瞬間に、私はコンポジット・ボディのあちこちを飾るベントやスクープ、インテークやルーバーの数を数えていた。関心があるなら教えてあげよう。全部で140ある。そのすべてが、V8を冷却し、タイヤをデッキに密着させるために、エアを吸い込み、吐き出している。

ステアリングは重いが、素晴らしく正確だ。

私にとって、288GTOは、250SWB、275GTB、デイトナとともに、ピニンファリーナの最高傑作のひとつだ。F40のファンはこれから少しの間、耳を塞いで欲しい。私には、288GTOは偽レーサーのスタイルも上手く避けているように見えるが、288GTOの後継モデルには同じように魅かれない。ここにひとつのアイロニーがある。F40はレースカーのように見えるようにデザインされたが、その実体は純粋なロードカーだ。一方、288はステロイドを注入した308のようなスタイルだが、圧倒的な性能を持つレースカーをホモロゲートするために造られたクルマだ。そのため、クルマの名称の中で最も多くのことを思い起こさせる、グランツーリスモ・オモロガート(GTO)の名が初めてこのクルマのために復活された。

 
最新試乗記