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驚愕と畏怖、オーテック・ステルヴィオ 日産とザガートの合作 試乗記

2018.01.08

ザガートの苦境 オーテックとの別れ

最初の計画では203台を製造することになっていたが、これはかなり気ままな数字だ。それでも、ザガートは何とか半分を賄った。

1991年、オーテックは第2弾としてイタリア・アルプスの峠から名前をとったガヴィアを発売した。一言でいえばステルヴィオからばかげたミラーを取り去ったクルマだが、さらに売れなかった。1993年までにおよそ16台が製造されただけだ。

ザガートはさらに2モデルを提案した。ウェッジシェープの300ZXをベースとするバンブーは4台試作したところで中止となり、量産化にこぎつけることはできなかった。セクシーな300セタはこの中では割とましなスタイルだったが、1台限りだった。

これでオーテックとの提携は終わり、ザガートは坂を転げ落ちていく。

次の相手となる日本メーカーはトヨタだった。この協業は2001年のサロン・ド・ジュネーブで公開されたMR-2ベースのVM-180、そして忌まわしいSUVハリアーの派生モデルへとつながっていく。

一方、オーテックは5ドアのスカイライン・ワゴンなどを含むあらゆる種類のクルマを少量生産していた。

ここで舞台は風の吹きすさぶマン島へと移る。

 
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