ランサー・エボVI トミ・マキネン・エディション vs インプレッサ22B STi 前編

公開 : 2018.03.03 11:40  更新 : 2018.03.03 14:07

インプレッサ22B STi

1998年初頭、スバルはブランド誕生40周年と、3年連続でのWRCマニュファクチャラーズ・タイトル獲得を記念してインプレッサWRX STiの限定バージョンを発表した。22B STiは既にスバルを象徴する存在だった2ドアのワールドラリーカーの公道バージョンとして発売された。

膨らんだホイールアーチに、高くそびえたつリアスポイラー。80mm拡大されたボディを持つこのクルマは、普通のドライバーが手に入れることのできるコリン・マクレー直系のモデルだった。このクルマはホモロゲーション・スペシャルではなかったが、ロードゴーイングレプリカ以上の存在だったのだ。

1998年3月から8月にかけて、日本国内市場向けには400台の22Bが生産されたが、英国と豪州向けは、それぞれわずか16台と5台のみだった。英国向け車両はスバルのラリーチームであるプロドライブによって、最終減速比が高められ、マイル表示の速度計と英国仕様に変更されたヘッドライトを持つモデルだった。

しかし、プロドライブがこれら16台をなんとか英国で登録できるようにする前に、すでに熱心なスバリストたちの手によって、50台以上が日本から英国へと輸入されていたのだ。

モデル名の「22」は、1994ccから2212ccへと拡大されたそのエンジン排気量に由来していた。公式にはターボ付きフラット4の出力は280psとされていたが、実際には3から始まるパワーが出ていたといわれている。

一方、「B」はダンパー・サプライヤーのビルシュタインの頭文字である。そして、この車名にはもうひとつの説がある。偶然か意図的かはわからないが、22Bとは長くスバルのWRCスポンサーをつとめたタバコブランドの555を16進数で表したものなのだ。

エンジンとダンパー以外にも、クラッチはツインプレートとなり、ホイールサイズもベースとなったインプレッサWRX STiの16インチから17インチへと拡大されている。

価格は発売当時4万ポンド程度だったが、いまではおよそ7万ポンド(1063万円)にまで上昇している。このクルマを購入しようという人々が、高くなりすぎてしまったというのも無理はない。

三菱の反攻は1999年後半に始まる。

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