【戦後の高級サルーンを遺す】ベントレーとアームストロング・シドレー 後編

公開 : 2019.12.15 18:50  更新 : 2020.12.08 10:56

現代的な雰囲気のアームストロング・シドレー

2台ともにフロントドアはリアヒンジの「スーイサイド・ドア」を持つ。戦前のモデルとも強いつながりを感じさせるが、ベントレーMkVIのフェアリングが入ったヘッドライトは1946年当時は斬新なもの。ボディサイドにランニングボードがない点も同様に新しい。

ベントレーのセンターメーターは1930年代から引き継がれる特徴。ステアリングホイールは大きく、フロントシートは左右で独立式で高さの調整ができる。新車当時はここまで達成できていなかったと思われるが、スイッチ類の滑らかな動きや、リアシートのピクニックテーブル、リアクォーターのバニティセットなど、細部まで見事に仕立ててある。

ベントレーMkVI(1946年〜1952年)
ベントレーMkVI(1946年〜1952年)

一方のアームストロング・シドレーは、ベンチシートながら現代的な雰囲気。汎用性のあるプラスティック製のノブやボタン類が用いられ、ヒーターの操作ノブはコスト重視なことがわかる。一方でウッドパネルやレザーは堅牢で、車内の幅も広くベントレーより明るい。

運転席の前にはメーターが美しくレイアウトされている。ウォールナット製のダッシュボードの中心には、リビングのようなスピーカーが付いている。BBCの温かいラジオ音声が聞こえてくるようだ。

フロアはフラットでどちらのクルマも広く、後部座席の足元空間も大きい。荷室はアームストロングの方がかなり大きい。

サファイア346はシングルキャブレターで、ATの動きはかなり粘っこい。ベントレーMkVIの方が排気量は1.0L近く大きく、30psほど馬力も高いうえにMT車だから走りは比較にならない。2019年の道路を走らせると、現代のクルマとの違いを感じさせるだけでなく、2台の違いも良くわかる。

やや遠くから一般的な直6サウンドを鳴らすサファイア346は、元気に道路を走るが、スピードを上げることは好きではない様子。すぐにトップギアへシフアップし、歩く速度までドラムブレーキでスピードを落とさない限り、シフトダウンもしたがらない。

ベントレーMkVIの余裕のある走り

でも当時のフォード車を並べたら、サファイア346の安定した走りに感謝するはず。2019年の今でも島のように風格があり平穏。ロードノイズはとても小さく、16インチのクロスプライ・タイヤに乗るボディはとても快適。80km/hほどの速度でもステアリングの反応は穏やか。

もしラジアルタイヤを履いていれば、ステアリングは相当重いだろう。1950年代風のステアリングホイールは低速前提の大きさ。締まりのないクルマでは決してないが、70最近い老婦人に、手荒な扱いは相応しくはない。

ベントレーMkVI(1946年〜1952年)
ベントレーMkVI(1946年〜1952年)

ベントレーMkVIの方は、より余裕を感じさせる、積極的に運転できるという印象がある。エンジンも滑らかでたくましい。低速域での上質さのまま、クルーザーとして120km/hを超える速度域にも到達できる。実際、3速で130km/h以上を出せる力がある。

回転数を問わずトルクも太く運転しやすいが、右ハンドル車なのにメーターが中央に付いているのが少し残念。ステアリングのレシオはアームストロングと大差ないが、操舵感はより滑らかで印象も良い。少し品に欠けるようなスピードでも、コーナーの連続する道を滑らかに進んでいく。

ドライビングの印象で気になるところといえば、ステアリングのキックバックと、シートが滑りやすいことだろうか。どちらのクルマも圧倒的な雰囲気と佇まいを持っている。レザーの香りと、ボンネットに映り込む景色。オリジナルの妖艶さ。

大きなボディと車重のおかげで、現代の日常的な足としては扱いにくい。だが1950年代の現役当時、長距離運転の不安をどれだけ抑えてくれたのかはよく理解できる。「時は金なり」だった人に対し、クルマでの長距離移動を時間の消費ではなく、喜びへと変えたのだ。

おすすめ記事

 
最新試乗記

クラシックの人気画像