【ダットサン240Z】日産の放った初回ホームラン フェアレディZ 前編

2020.05.17

軽量化のためにガラスも薄く

この縮小は、衝突テストでも有利に働いた。それまでは前方からの衝突試験のみだったが、新ルールで後方からの衝突安全性も考慮されるようになった。事故時にガソリンが漏れると、大きな被害を招くためだ。

リアデファレンシャルの位置は、燃料タンクのさらに前方へずらされた。ドライブシャフトは僅かに後ろへ傾斜している。

ダットサン240Z(日産フェアレディZ・S30型/1969年−1973年)
ダットサン240Z(日産フェアレディZ・S30型/1969年−1973年)

車重を意識し、ガラスの厚さは5mmから4mmへと薄くなった。重量のかさむバンパーは、プレスされたスチール製へ変更。アンダーシールを塗ると制限重量を超えるため、工場出荷時ではなくディーラーで施工されるほどだった。

240Zが当初から北米市場を強く意識していた理由は、当時の米国日産の社長を務めていた、片山豊によるところが大きい。ロビー活動を積極的に展開し、常に前向きな考えを持っていた人物だ。

田舎で育った片山、「ミスターK」はアメリカ市場を見事に理解し、日本とアメリカとの架け橋になった。日本車を海外で成功させる方向性を示し、開発を推し進めた。

市場の要求を汲み入れ、アメリカ向けのS30型フェアレディZには、プリンス自動車が開発したトリプルキャブレターの2.0Lツインカム、S20エンジンは選ばれなかった。そのかわりトルクの太い、直列6気筒の2.4LのL24エンジンが搭載された。

V8エンジンの性格に慣れ親しんでいた、アメリカ人に受け入れてもらえるように。ちなみにツインカムのS20エンジンは、スカイラインGT-Rと日本市場向けのレース仕様、Z432へ搭載されている。

この続きは後編にて。

 
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