【進化を続けた伝説の1台】フェラーリ250テスタ・ロッサ ル・マンでの優勝 後編

2020.05.24

サマリー

エンツォ・フェラーリが生み出した最高のレーシングマシン。1960年のル・マン24時間レースを制したのが、V型12気筒を積むフェラーリ250テスタ・ロッサです。伝説的な存在といえる1台に、英国編集部が試乗しました。

もくじ

シーズン優勝をかけた1960年のル・マン
フェラーリの希望を託された0774
買い物の足となったル・マン・レーサー
神々しい存在感を放つテスタ・ロッサ
フェラーリによるレース・プログラムの中心

シーズン優勝をかけた1960年のル・マン

text:James Mitchell(ジェームス・ミッチェル)
photo:Luc Lacey(リュク・レーシー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
1960年5月、シチリア島で開かれたタルガ・フロリオ。スタート後、1台のフェラーリ250テスタ・ロッサ(TR)がクラッシュし、シャシー番号0774の250テスタ・ロッサはチームをリードする状況となった。

ドライバーはクリフ・アリソンとリッチー・ギンサー。しかし、アリソンは一度3位にまで順位を上げるものの、ギンザーへ交代後にコースアウト。0774はレースをリタイアした。

フェラーリ250テスタ・ロッサ(1959年)
フェラーリ250テスタ・ロッサ(1959年)

1960年シーズンも常に焦点はル・マンに当てられていたが、その年は世界スポーツカー・チャンピオンシップの最終戦でもあり、一層気は抜けなかった。シーズンでポルシェに先行されていたフェラーリは、レースに勝つ必要があった。

1960年のル・マンには4台の250TRがエントリー。NARTのチームもバックアップで参戦した。ほかにも7台のプライベート・フェラーリが3.0LのGTクラスに参戦。参加車両55台のうち、12台が赤い跳ね馬という状況だった。

プライベート参加となったアストン マーティンDBR1と、新しいジャガーE2Aという強敵も加わっていた。シャシー番号0774は、ゼッケン11番を付け、オリビエ・ジャンドビアンとポール・フレールがドライブした。

ジム・クラークが運転するDBR1が最高のスタートを切るが、マセラティが追いつき、追うフェラーリとの差を広げた。最初の1時間で2位から6位を占める状態を作ったフェラーリ。2番手を走っていたマセラティはピット・インし、順位を大きく下げていた。

 
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