【家族代々のホットロッド】1934年製レオ・フライング・クラウドをレストモッド 後編

2020.06.28

サマリー

1934年製のレオは、現オーナーのアル・パークスが生まれる前から、70年以上も家族の一員。2度のリビルドを経て、新車時以上の状態を保っています。現代の交通事情にも対応できる、珍しい米国製クーペをご紹介しましょう。

もくじ

芸術品のように丁寧なレオ社の仕事
10年のブランクと、英国への引っ越し
400psのV8エンジンにフォード製リアアスクル
家族へ引き継がれるフライング・クラウド

芸術品のように丁寧なレオ社の仕事

text:Paul Regan(ポール・レーガン)
photo:Will Williams(ウィル・ウイリアムズ)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
「その時のレストアではキャビンを外し、フェンダーは地金が出るまで処理しています。1930年代の工場で施されたままの、鉛による後処理を発見しました。時間をかけて仕上げていった、職人技を思い返させるものでした」 レオ・フライング・クラウドのレストアを振り返る、現オーナーのアル・パークス。

仕上がりは、芸術品とも呼べそうだ。彫刻的に浮かび上がるボディのプレスラインは、ボンネット・サイドからキャビンのルーフにまで伸びる。フロントグリルの上部に伸びるラインは、頂上で融合し、独特のフロントノーズを形成する。

レオ・フライング・クラウド 170デラックス・クーペ(1934年)
レオ・フライング・クラウド 170デラックス・クーペ(1934年)

左右合わせて12本のエアベントが打たれたボンネット。小さなクロームメッキのハンドルで個別に開閉も可能だ。熱い日でも、268cu.in(4391cc)の直列6気筒の温度を高めすぎずに済む。

キャビンから長く伸びるテールは、クロームメッキのバンパー手前で緩やかに下降し、リアビューをまとめる。ランサム・エリ・オールズは、ヘンリー・フォードの量産ラインには負けたかもしれない。でも、レオ社の仕事は間違いなく慌てず、丁寧だ。

アル・パークスも、レストアは急がなかった。着実に現状復帰へと近づいていたが、ガレージでの作業は、仕事が忙しくなる度に中断した。アル・パークスは海外への移動が決まり、パークスとレオとの距離は一層遠くなった。

1990年代になると、レオは再び父のドン・パークスが管理するようになった。クルマの信頼性を高め、古い部品を再製造するには、エンジニアとしてのスキルが活きた。ランブルシートの乗降性を高めるステップも、作り直して取り付けられた。

 
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