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2019.04.20

ホンダ英国スウィンドン工場閉鎖 真の理由は? 専門家に聞くその原因

モデルラインナップ

自動車好きであれば、だれもが、特にその高回転型VTECエンジンに象徴される、さまざまなホンダ製モデルワクワクしてきたに違いない。そして、1990年代中盤にはハイブリッド技術でもトヨタと肩を並べる存在だった。

それでも、常に一貫した欧州向けモデルのラインナップに成功してきたとは言えず、米国市場での成功が、おもに米国市場向けに開発された一部の車種によるものだったことがそれを示してもいる。

さらに、ライバルメーカーが主力モデルの熟成を進める一方、ホンダでは自社を象徴する数々のモデルの販売を中止したり、変更したりしており、さらに、IMAハイブリッドシステムといった、本来競争力を持つはずのモデルも、期待されたほどの成果を上げることはできていない。

1990年代中盤、元F1エンジニアたちが開発した初代IMAシステムで、ホンダはハイブリッド技術の先頭に立っていたが、販売台数が期待できる5ドアモデルが登場したのは、プリウス登場から10年が経過した2009年のことだった。

さらに、インサイトが登場したのは大気汚染問題が注目を集めた2014年のことであり、「ホンダでは最初にハイブリッドテクノロジーでリードを奪ったがゆえに、結果的にトヨタのひとり勝ちを許す結果となったのです」と、カーディフ・ビジネススクールのピーター・ウェルズ教授は指摘している。


ホンダにとって、CR-VとHR-Vは世界的なヒットモデルであり、その販売台数は世界トップ10にも入っている。1997年にCR-Vがデビューすると、その乗用車然とした乗り心地で新たな境地を切り開いているが、その乗り心地には、かつてパートナーシップを組んでいた、ランドローバーのフリーランダー計画からのノウハウが大きく活かされていた。実際、ホンダ関係者のなかには、CR-Vをシビックよりも英国市場にとって重要なモデルだと評価しているものもいる。

しかし、コンパクトSUVのスタンダードとなったのは、大成功した日産キャシュカイのほうであり、2007年に登場するや大変なヒットモデルとなっている。「キャシュカイはすぐにコンパクトSUVを代表するモデルとなり、日産が日本のライバルメーカーたちから顧客を奪う原動力となりました」と業界の分析を行っているJato Dynamics社のグローバルアナリスト、フェリペ・ヌノズは話している。

CR-Vの欧州販売がピークを迎えたのは、ちょうどキャシュカイがデビューした年の7万6000台であり、同じ年、トヨタRAV4の販売台数は9万9000台だった。

2017年、CR-Vの販売台数がピークの半分以下となる3万4000台へと落ち込む一方で、RAV4は7万1000台が新たなオーナーのもとへと旅立っており、HR-Vに至っては日産ジュークの1/4ほどに留まっていた。

 
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