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ヤナセの「あの」ステッカー 知られざる厳密なルール 貼りつけ位置、本当の理由

2019.07.05

バブル 「YANASE」ステッカー地位確立のわけ

なぜ、ヤナセステッカーはバブル時代に特に強大なステイタスを示すことができたのだろうか? そこにはバブル時代に特有の事情があった。

バブルと言われる1980年代後半から91年頃に掛けては日産シーマやトヨタセルシオ、ホンダNSXなどの国産高級車が人気を博し、輸入車に関しても子(小?)ベンツと言われる初代メルセデス・ベンツ190や六本木のカローラと言われたBMW 3シリーズに始まり、上はフェラーリ、ロールス・ロイスに至るまで大変多くの高級車が販売された。特にバブル真っただ中の1989年、18年ぶりに登場した4代目メルセデス・ベンツSL(R129)の人気は凄まじかった。

海外から並行輸入で日本にSLを持ち込んで、高値で転売する業者も後を絶たなかった。当時は「1回転がして100万円」(ブローカー間の転売だけで100万円の利益が得られた)と豪語する並行業者もいた。

最終的にユーザーの手に渡る頃には2000万を超えるものも珍しくなかったのだ。

しかし新車であっても並行輸入の129は諸々の初期トラブルも多く、パーツが入手できない、整備能力が足らないなど故障に対応できない業者も多数存在していたのである。

十分な対応ができない並行車の129がどんどんクルマの価値を下げていく中、黄色いステッカーを貼った129は正しいルートでユーザーの手に渡り、長年の経験と高度な技術を重ねて万全のメンテナンスを受け、ますますその価値を高めていった、という事情があったのだ。

しかし、ヤナセステッカーは正規輸入車であることをアピールするために貼られていたわけではない。

その本当の理由は意外なことだった。

 
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