【16年の差】レクサス、日本ではなくアメリカで生まれた背景 アメリカ人幹部がトヨタ本社を口説いた

2020.03.31

できれば行きたくない→いつも行きたい所に

アメリカのカーディーラーは、いわゆるフランチャイズ形式がほとんどだ。

日本のようにユーザーとの売買契約を受けてからメーカーに発注するケースもあるが、メーカーから買い取ったクルマを店頭に並べるという方式が多い。


オプションなどを組み込んである状態の実車販売となる。

そのため、在庫処分での叩き売りで、ディーラーマンの言うこともコロコロ変わるなど、値引きの幅はディーラーによって大きく違う場合がある。

ブランドによって差はあるにしろ、アメリカでは長年、潜在的にユーザーのカーディーラーへの不信感があった。

そうした「皆が、できれば行きたくないところ」という負の部分を逆手にとって、「いつも行きたいところ」を創出することが、レクサスの方向性となった。

レクサス効果が、アメリカのトヨタディーラーにも良き影響を及ぼすことを狙った。

つまり、レクサスはたんなる高級ブランドではなく、顧客体験を最重要視することが使命として始まった。

日本上陸がレクサス生誕から16年も遅れたのは、日本市場での顧客体験について、明確な方向性を描くことが難しかったからだと思う。

日本導入直後は、日本市場での対応に苦労したレクサスだが、いまやグローバルブランドとして日本人にも素直に受け入れられる顧客体験を提供できるようになった。

 
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