【失われたアイデア工場の内側】ヴォグゾールのデザインスタジオへ潜入 後編

2020.07.04

サマリー

オペルの英国版ブランド、ヴォグゾール。1960年代、デザイン部門は黄金期と呼べる時期を迎えました。アイデア工場と呼べた場所は、2019年に完全閉鎖。内部に残されていたコンセプトモデルと合わせて、ご紹介しましょう。

もくじ

レオ・プルノーとウェイン・チェリー
休眠状態になったデザインスタジオ
グリフィン・ハウスのコンセプトモデル
全盛期の個性的なデザイン

レオ・プルノーとウェイン・チェリー

text:Steve Cropley(スティーブ・クロップリー)
photo:Will Williams(ウィル・ウイリアムズ)/Vauxhall(ヴォグゾール)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
ヴォグゾールのエンジニアリング&スタイリング・センター、グリフィン・ハウスのボスは、デイビッドBジョーンからレオ・プルノーへ変わり、全盛期を迎える。

初代シボレー・カマロのデザインに関わった人物で、コークボトル・ラインは、後のヴォグゾールHBビバへも大きな影響を与えた。今でも、そのデザインの評価は高い。

ヴォグゾールXVRコンセプト(1966年)
ヴォグゾールXVRコンセプト(1966年)

GMで最も有名なデザイナーの一人で、グローバル・デザインのトップを務めていたビル・ミッチェルは、年に1度、グリフィン・ハウスを訪ねた。権威主義的な雰囲気を撒き散らして。

ミッチェルは、実寸大のクレイモデルへ注文を付けた。気に入らないデザインを目にすると、ランチから戻ってくる前に修正しておきなさい、と指示を出したという。

ちなみにクレイモデルとは、デザイン開発で制作する工業用粘土の試作モデル。スケールモデルもあるが、デザイン案が進むにつれて実寸大が作られる。

一方、レオ・プルノーの身代わり的に働いたデザイナーのウェイン・チェリーは、柔らかな雰囲気だった。グリフィン・ハウスの最盛期に、主要な役割を果たした。

アメリカの美術大学を卒業した彼は、GMへと入社。シボレー・カマロやオールズモビル・トルネードのデザインに関与。1965年にレオ・プルノーのアシスタントへ就任すると手腕を発揮し、ヴォグゾールXVRコンセプトのデザインに取り組んだ。

今でもウルトラ・モダンに見えるデザインだ。さらに強い影響力を放ったSRVコンセプトも生み出す。ルーイトンのグリフィン・ハウスの創造性を、強く世界へ知らしめることになった。

 
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