AUTOCARロードテスト90周年(3) テスター出身者が回顧 クリス・ハリスも

公開 : 2018.12.15 17:10

これまで多くの個性的なロードテスターたちが英国版AUTOCARの紙面を賑わせてきました。今回はそんな個性豊かなテスターたちに、それぞれの思い出を語ってもらいます。思い出は様々ですが、共通しているのは全員が楽しそうにその記憶を振り返っていることでしょうか。

ジョン・バーカー

時速161km/hで後ろ向きに進んでいるのに気付いたときには少々驚いた。

ミルブルックの1.6kmほど続くストレートの終わりで、濡れたアスファルトのエプロンで日産マキシマのステアリングをゆっくりと左に切った次の瞬間には、急こう配の土手に向かって急いでカウンターを当てながら、衝撃に備えるハメになったのだ。

幸運にも衝撃は大したことはなかった。そのままの勢いで高さ9mほどの土手の上にまで達すると、ワイパーが動いているのが見えたので、ホッと胸をなでおろしたものの、重力に従い再び濡れた芝生へと落ちていったのだ。

マキシマのフロントは深々と側溝にはまり込んでいたものの、信じられないことに無傷だった。

そして、何か言いたげなけん引トラックのドライバーが、「運転席でこれを見つけたよ」と言って渡してくれたのは、クラッシュの衝撃でマキシマのマフラーへと入り込んだ土のなかから見つかった動物のフンだった。

クリス・チルトン

2000年代初頭、タイヤテストは英国版AUTOCARの定番企画であり、当時ジュニアロードテスターだったわたしには、フォード・トランジットを運転してフランス中部、ラドゥーにあるミシュランのテストコースからタイヤを持ち帰るという任務が与えられていた。

愚かにもクリス・ハリスの怪しげな言葉を信じたがために、タイヤを積み込んでテディントンまで戻って来るのに1日あれば十分だと考え、着替えも持たず、スマートフォンが存在しなかった2002年にホテル予約なしでのこのこと出掛けたのだ。

到着したころにはテストコースは閉まっており、寒さをしのぐため、オートルートの料金所間を夜通し往復するハメになった。

そんな経験をした数年後のロードテストでは、タイヤ運搬に新人を送り込み、その3週間後には中古タイヤディーラーで一部だけがすり減ったタイヤを売りさばいたものだ。

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