【アフリカを縦断したランチア・ベータ】酒場の与太話が生んだ大冒険 前編

2020.06.27

多くの修理で自ずとクルマに詳しくなった

「チュニジアで安い羊毛が買える話を、友人が聞きつけたんです。イタリアのジェノバまで向かい、フェリーに乗って羊毛300kgを買って、販売することを思いつきました」

「クルマの知識はありませんでした。エンジンオイルの量は最小限だったのですが、良い状態だと勘違いしたほど。出発してしばらく走ると、ドスンという音でストップ。最初のアフリカへの旅は、高い修理代で終わりました」 別のエンジンへと載せ替えられた。

1975年式ランチア・ベータでのアフリカ縦断の様子
1975年式ランチア・ベータでのアフリカ縦断の様子

それから数多くの修理が求められ、フェリックスは自ずとランチア・ベータのメカニズムに詳しくなった。知識を重ねていったフェリックスは、ベータの部品販売を始める。

その頃、フェリックスは両親からエンジニアとしての学業に取り組むよう強く迫られていた。彼は英国サルフォードで、工学の学位を取得した。

英国に移っても、起業家としての精神が弱まることはなかった。ランチアの部品売買も調子に乗っていた。英国人はランチアに対する熱意が高かったことが、取り引きを後押しした。

資金を貯めると、フェリックスは走れない状態だったベータを復活させた。サルフォードの外に止めてあったクーペを、再び走れる状態にした。

皮肉なことに路上へは復活したが、想像した状態とは異なった。フェリックスがマンチェスターに向けてベータを運搬中、トラックから落とし、ルーフを破壊してしまったのだ。

 

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