【アフリカを縦断したランチア・ベータ】酒場の与太話が生んだ大冒険 前編

2020.06.27

酒場で酔った勢いで口にした砂漠の縦断

保険会社からも見放され、彼は残りのルーフを切り落とし、1台だけのベータ・スパイダーを作った。簡単な強度計算を行い、シャシーには必要な補強加工が施された。

その頃には、オープントップのランチアは、友人の間で笑い話のネタになっていた。ドイツに戻ると、酒に酔った流れで思いもよらない話へ展開した。

1975年式ランチア・ベータでのアフリカ縦断の様子
1975年式ランチア・ベータでのアフリカ縦断の様子

「君の古いスクラップでは、どこへも行けないし、何も得られないと笑われました。すぐに反論しました。クリスマスまでにサハラ砂漠を縦断できるかどうか、500マルクを賭けよう、と切り出したんです」 

1991年10月のことだった。そもそもルーフを切断したベータは、合法のクルマでもない。フェリックスは構造計算を急いでし直し、通関手続きの書類、カルネを取得した。

12月中旬になると、フェリックスと友人のイアン・ロビンソンは、フェリーに乗ってチュニジアを目指した。クリスマスまでにサハラ砂漠を縦断する、残り時間は多くはない。賭けに負けるリスクは高かった。

サハラ砂漠を貫く高速道路、トランス・サハラ・ハイウェイは決して簡単なルートではなかったが、始めは走りやすかった。部分的には舗装されていたのだ。

しかし、2人がアルジェリアのタマンラセットを過ぎると、黒いアスファルトは茶色の砂へと変わった。そこから先、ニジェールまでの500kmは、往来するトラックと目印のドラム缶以外、何もなかった。

続きは後編にて。

 

人気記事