【ユーノス、アンフィニ、オートラマ……】マツダ5チャネル戦略 狙いは何だった? 背景にバブルの加熱 教訓は?

公開 : 2020.09.02 11:50  更新 : 2020.09.02 18:00

ホンダ・プリモ、クリオ、ベルノ。マツダ・ユーノス、アンフィニ、オートラマ……。かつて日本では、自動車ディーラーの多チャンネル化を推し進められていました。狙いを探るとともに、学ぶべきことを考えました。

もくじ

販売チャネルというものが存在した
なぜ多チャンネル化を進めたのか?
代表車種も生まれたが、バブル崩壊

販売チャネルというものが存在した

text:Kouichi Kobuna(小鮒康一)

新車を販売する新車ディーラーはメーカーによって取り扱い車種が違う、というのは当然のこと。

しかし、同じメーカーの車種であっても購入できないケースがある、と言ったらクルマに詳しくない人は頭に「?マーク」が浮かぶことだろう。

FD3S型マツダRX-7。販売店系列「アンフィニ」の名を冠して発売。「サバンナ」の呼び名は廃止となった。
FD3S型マツダRX-7。販売店系列「アンフィニ」の名を冠して発売。「サバンナ」の呼び名は廃止となった。    マツダ

どういうことかというと、かつてディーラーには販売チャネルというものが存在した。同じメーカーの車種であっても販売チャネルごとに取り扱い車種が分けられていたのである。

例えば、現在ではどのホンダ販売店でも購入することができるシビックであるが、2006年以前は「ホンダプリモ店」の取り扱い車種であり、他の「ホンダクリオ店」や「ホンダベルノ店」では購入することができなかったのだ。

そのため、シビッククラスの車種を取り扱いたいベルノ店向けに、シビックフェリオ(セダン)をベースとしたインテグラSJが誕生したり、クリオ店向けにドマーニが誕生したりと、いわゆる兄弟車が多く生まれることになった。

しかし、現在ではトヨタのみが販売チャネルごとの取り扱い車種を分けている状態。そのトヨタも今後は販売チャネルを廃してトヨタブランドの車種の扱いを一本化することがアナウンスされた。

すでに東京と神奈川では「トヨタモビリティ」として一本化がスタートしている。

なぜ多チャンネル化を進めたのか?

ではなぜ、当時は各メーカーが似たような取り扱い車種を増やしてまで多チャンネル化を推し進めたのか。

それはシェアの拡大を狙ってのことだった。

ホンダの多チャンネル化ではシビッククラスの車種を取り扱いたいベルノ店向けに、シビック・フェリオ(セダン)をベースとしたインテグラSJが誕生したり、クリオ店向けにドマーニが誕生したりと、いわゆる兄弟車が多く生まれた。写真はホンダ・シビック・フェリオ(1999年)
ホンダの多チャンネル化ではシビッククラスの車種を取り扱いたいベルノ店向けに、シビック・フェリオ(セダン)をベースとしたインテグラSJが誕生したり、クリオ店向けにドマーニが誕生したりと、いわゆる兄弟車が多く生まれた。写真はホンダ・シビック・フェリオ(1999年)    ホンダ

例えばある地域にA社のディーラーが1件あったとして、B社のディーラーも1件あればシェアは50%ということになる(もちろんそんなに単純ではないが)。

しかし、B社が3つ販売チャネルを持っていて3店舗のディーラーがあったとすれば、A社のシェアは25%、B社のシェアは75%と圧倒的に有利に働くという寸法である。

そして、同じ地域に全く同じ車種を扱う店舗を2店舗出店しても互いに食いつぶしてしまうだけになりがちだが、車種を分けることでバッティングを避けるという意味合いもあった。

この作戦にバブル経済の勢いに乗って展開しようとしたのがマツダだった。

当時すでに存在していたマツダ店とオートラマ店に加え、アンフィニ店、ユーノス店、オートザム店の3つをプラスして、一気に5つのチャネルを持つことになったのである。

とはいえ、いきなり従来の2倍以上の車種をラインナップすることは難しかったようだ。

ユーノス店ではシトロエンを、オートザム店ではランチアやアウトビアンキも扱うというなんとも不可思議なラインナップでスタートを切ることになっていた。

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