【スーパーカー黄金時代】デ・トマソ・パンテーラ、ポルシェ959、フェラーリ288GTO 後編

2020.09.26

サマリー

ランボルギーニ・カウンタックやフェラーリ・テスタロッサに前後して、自動車ファンや子供の心を強く掴む、スーパーカーが相次いで登場しました。スーパーカー黄金期と呼べるでしょう。その一部を、英国編集部がご紹介します。

もくじ

デ・トマソ・パンテーラGT5S
ポルシェ959
ロータス・エスプリ・ターボ
フェラーリ288GTO

デ・トマソ・パンテーラGT5S

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
ランボルギーニ・カウンタックもそうだが、ド派手なスーパーカーは、必ずしも1980年代生まれではない。デ・トマソ・パンテーラは、1970年代に生まれた1台だ。

クリーンなスタイリングを手掛けたのは、トム・ジャーダ。1980年代に向けて過激さを増し、最終的にはアグレッシブな見た目に至った。

デ・トマソ・パンテーラGT5S
デ・トマソ・パンテーラGT5S

パンテーラは、アルゼンチン生まれのアレッサンドロ・デ・トマソと、フォード社との共同プロジェクトで誕生したモデル。デ・トマソはフォード製5.7L V8エンジンの供給を受け、リンカーン・マーキュリー・ブランドのディーラーから販売する計画だった。

フォードは完成済みのスポーツカーが、手に入ると期待した。シボレー・コルベットに対抗できるモデルとして。

ところが届けられたパンテーラは生焼き状態。仕上がりは完全とはいえず、品質管理も褒められたものではなかった。

1975年にデ・トマソとフォードとの関係は終了。しかし改良を続けていたパンテーラは1980年代に入り、過激なスーパーカーへと進化した。GT5だ。

シャシーは再設計。初期のクリーンなスタイリングは、GT4を挟み、オーバーフェンダーと長いスカートをまとい攻撃性を高めていた。リアデッキにそびえる巨大なリアウイングも、ル・マン・プロトタイプとしては、まっとうな姿だ。

1980年代半ばになると、GT5はGT5Sへと発展。クリーブランド生まれのエンジンは、355psを獲得。最高速度は280km/hへ伸び、1990年代初めまで生産は続いた。

その後、マルチェロ・ガンディーニの手によるパンテーラSiが登場。それまでのパンテーラとは異なる容姿が与えられている。

ポルシェ959

過激さを増すグループBの争いは、エキサイティングなロードーカーを生み出した。1987年にグループBは終りを迎えるものの、959はその後のポルシェ911へ発展する中身を備えていた。

ポルシェの技術者、ヘルムート・ボットとディレクターのピーター・シュッツは、グループBで戦えるクルマを計画する。パワフルな四輪駆動モデルだ。

ポルシェ959
ポルシェ959

エンジンは、2849ccの24バルブ・フラット6。グループCとして、956や962に搭載されていたクワッドカム・ユニットがベース。ボッシュ製のインジェクションと、KKK製のシーケンシャルターボ2基で武装し、最高出力456psを得た。

ケブラーとアルミニウムを多用したボディシェルは、驚くほど強固で軽量。フロントノーズは、グラスファイバーで強化されたポリウレタンによる、一体成型だった。

最新技術満載の959は、F40と対極的な存在でもあった。中でも特に注目だったのが、知的な四輪駆動システム。

路面や走行状態に応じて、前後のトルク配分を変化。通常は40:60の割合で前後のタイヤを回したが、必要に応じてリアタイヤへ80%の力を伝えることも可能だった。

車高は、高速域で自動的にダウン。8本の油圧リンク・アクティブダンパーは、アンチロールバーを不要とした。

グループBが終わり、959はパリ・ダカール・ラリーに活躍の場を求め、性能を実証。もちろんロードカーとしても、記憶に深く刻まれている。

当時としては最も先進的なスーパーカーで、最高速度は317km/h。グループBのホモロゲーション・マシンは、今に続くハイパーカーのマイルストーンといっていい。

 

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