【エンターテインメント・ワゴン】マーキューリー・エイト 戦地を歴訪したサンドカラー 前編

公開 : 2021.05.30 07:05

砂色に塗られた古いマーキュリー・エイト。エンターテイナーのジョージ・フォームビーが戦地を歴訪した過去とともに、英国編集部がご紹介します。

もくじ

当初はマルコム・キャンベルがオーナー
最高速をアシストするステーションワゴン
フォードとリンカーンの中間ブランド
フォームビーと53日間の長旅

当初はマルコム・キャンベルがオーナー

text:Jack Phillips(ジャック・フィリップス)
photo:Max Edleston(マックス・エドレストン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
スクリーンに映し出される白黒の映像。細身の兵士が建物から倒れるように出てくる。店主がほうきを振り回し、フランス語で罵倒しながら追いかける。

英国のエンターテイナー、ジョージ・フォームビーがバンジョーを弾きながら歯を見せて笑顔を振りまく。80年前のコメディ映画でも、思わず笑ってしまう面白さがある。

マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)
マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)

開戦から終戦まで、積極的に活動したフォームビー。映画に出演する傍ら、オールドウィッチの地下鉄駅では、ロンドンから疎開する人々のために陽気に歌った。

戦火が激しくなると、第8部隊とともにアフリカへ南下。英国海外派遣軍のために演奏を重ね、ノルマンディー上陸作戦が成功するとフランスへ渡り、空挺部隊にパフォーマンスを披露。兵士の心の傷を歌で癒やした。

敵から身を守るため、平地に掘った塹壕(ざんごう)を這うように移動することもあったという。戦闘地域での演奏は、危険と隣り合わせだった。

情熱的にエンターテイナーとして活動したフォームビーが、移動に乗っていたのが今回ご紹介するマーキュリー・エイト。もともとは、最高速度の記録を何度も樹立したレーシングドライバー、マルコム・キャンベルの要望で作られたクルマだった。

世界記録保持者だったキャンベルが、クルマの完成を見届けたのは1939年。リンカーンの英国支部でトップを務めていた彼は、フォード系列の新ブランド、マーキュリーへ個人的なクルマの制作を依頼していた。

最高速をアシストするステーションワゴン

ミシガン州ディアボーンの工場から直接届いたマーキュリー・エイトに搭載されていたのは、3.9LのV8エンジン。3速ATが組まれ、英国仕様として右ハンドルで仕立ててあった。ボンネットキャッチ部分のプレートには、それを示すFが刻まれている。

その頃、キャンベルはウォーター・スピードレコード、スピードボートでの最高記録を樹立。キャリアも終わりに近づく中で、速さを追い求めた彼とクルーのために用意されたのが、6名乗りの大きなステーションワゴンだ。

マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)
マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)

英国老舗のコーチビルダー、ウィンドオーバーズ社が特徴的なリアセクションのボディを製造。フロントまわりは、ボートのように先端が絞られている。リアシートはフラットに畳めて、仮眠が可能だった。

ところが戦争が近づいていた1939年、陽気にスピード記録へ挑むような雰囲気は消えていた。キャンベルが残せたのは、コニストン・ウォーターでの単独記録、228.1km/hの1つだけだった。

またキャンベルのメカニックたちは、マーキュリー・エイトの贅沢な仕立てを好まなかった。王室御用達のコーチビルダーによる、華やかな内装が施されていたようだ。

フォードの新ブランド、マーキュリーが誕生したのは1939年。庶民的なフォードと上級なリンカーン・ゼファーとの間のモデルラインが目指された。初めに発表されたモデルが、99A型のマーキュリー・エイトだった。

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