V10協奏曲 ランボルギーニ・ガヤルド ポルシェ・カレラGT ダッジ・バイパー それぞれの魅力 前編

公開 : 2023.04.01 07:05

間もなく終焉を迎える大排気量・他気筒エンジンの時代。シンフォニックなV10を積んだ3台を、英国編集部が振り返ります。

生産されなくなるV型10気筒エンジン

試乗を終えて集合場所へ戻ると、スマートフォンを手にした10代の若者が集っていた。グレートブリテン島の南部、風光明媚な海岸線のドライブルートでも、こんなクルマたちには滅多にお目にかかれないのだろう。

ランボルギーニガヤルドは、いかにもなカタチだからすぐに認識できる様子。だがポルシェ・カレラGTとダッジバイパー RT-10は、初めて目にする人も多いようだ。テールエンドにあしらわれたエンブレムを確認し、納得して笑みを浮かべる。

手前からレッドのダッジ・バイパー RT-10と、シルバーのランボルギーニ・ガヤルド、シルバーのポルシェ・カレラGT
手前からレッドのダッジ・バイパー RT-10と、シルバーのランボルギーニ・ガヤルド、シルバーのポルシェ・カレラGT

今回乗り比べた3台の最高出力を合計すると、1500馬力を超える。最大トルクは170kg-m以上に達し、排気量は19.0Lにもなる。

個性的な容姿もさることながら、際立つ特徴は何よりエンジン。間もなく生産されなくなる、大排気量のV型10気筒を搭載している。現在まで生きながらえた例は、ランボルギーニのウラカンアウディのR8だけになってしまった。

電気自動車が未来の乗り物だった20世紀末には、自動車ブランドの買収や合併が相次いだ。イタリアのランボルギーニを、アメリカのクライスラーが所有していた時代があった。現在は、ポルシェと同じフォルクスワーゲン・グループ内にあるが。

その関係性が、クライスラーの1ブランド、ダッジにV型10気筒エンジンを積んだ高性能モデルをもたらした。今回の場合はレッドのボディにホワイトのストライプが眩しい、フロントエンジン・リアドライブのバイパーだ。

ランボが改良したプッシュロッドV10

当時、クライスラーのトップにいたボブ・ルッツ氏の指揮で、ブランドイメージの向上を目的に生み出されたバイパーは、1989年の北米国際自動車ショーで華々しくデビュー。大きな反響を呼び、1992年1月から販売がスタートしている。

その専用ユニットの開発を引き受けたのが、傘下にあったランボルギーニだった。ただし、ガヤルドがミドシップするものとは基本的に関係性を持たない。シリンダーの数とオールアルミ製であること以外、共通要素はないといっていい。

ダッジ・バイパー RT-10(1992〜1996年/欧州仕様)
ダッジ・バイパー RT-10(1992〜1996年/欧州仕様)

もともとはダッジのピックアップトラックに載っていた、鋳鉄製のマグナム・ユニット。ランボルギーニの技術によって制御系と冷却系へ改良を受け、ブロックの素材が軽いアルミニウムへ一新され、バイパーのボンネット内へ搭載されている。

油圧リフターによってプッシュロッドが動くという、クラシカルなOHV構造は変わらない。排気量当たりの出力は49psと驚くような数字ではなかったが、7997ccという大容量に物をいわせ、4600rpmで発生する最高出力は405psに達した。

最大トルクは62.1kg-m/3600rpm。タイヤの付いた大蛇と呼べるたくましさだ。

シャシーはチューブラー・スペースフレームで、ボディパネルは剛性を担わない樹脂製。当初のボディスタイルはロードスターのみで、ソフトトップに取り外し式のサイドガラスという設定だった。乾燥していて広大なアメリカなら、充分な装備といえた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    トニー・ベイカー

    Tony Baker

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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