アバルトの創始者カルロ・アバルトとはどんな人? 誕生〜怒涛の勝利 クルマとともに振り返る

2019.11.29

レースを闘うために設立されたアバルトは、創業以来いつの時代も勝利を目指して高性能で魅力的なクルマを送り出してきた。その根底にあったのは、レーサーでありエンジニア、そして名プロデューサーだった創始者カルロ・アバルトの熱き情熱と挑戦する心だったのである。

AUTOCAR JAPAN sponsored by ABARTH
text:Kazuhide Ueno(上野和秀)

もくじ

カルロ・アバルト、誕生
怒涛の勝利 成功へ一直線
高性能なだけではない魅力
歴史を作り上げてきたモデルたち

カルロ・アバルト、誕生

レースで磨き上げられてきたメーカーには、必ず熱い情熱を持った創始者が存在する。

サソリのエンブレムを掲げるアバルトもその例にたがわず、レーサーでありエンジニアのカルロ・アバルトがレースを闘うために立ち上げたメーカーなのである。

カルロ・アバルトは1908年にオーストリアのウィーンで誕生する。当時の名はカール・アバルト(Karl Abarth)で、子どもの頃から機械やスピードへの興味が強く、まず自転車レースで頭角を現し始める。やがて2輪車の世界に入り20歳で自ら製作したマシンでレースに挑み、いきなり勝利を得るという天賦の才を見せつける。

カール・アバルトと、モーターサイクル。初めて自身の名をモデル名とした。

1938年に父の故郷であるイタリアのメラーノへ移住しイタリアの市民権を得て、名前をカールからカルロへ改める。その後もレースを続けるが1939年10月のレースで大事故に見舞われてライダー生命を断たれ、エンジニアに転向する。

チシタリア・グランプリカーの試作車。

第2次大戦後は新興スポーツカーメーカーの「チシタリア」から招かれ、カルロは4輪レースの世界に足を踏み入れる。チシタリアの撤退後はマシンを受け継いでレースを続けることにし、1949年にレースを闘うためにアバルト社が設立され、エンブレムにはカルロの星座であるサソリが採用された。すぐさまレーシング・チームを結成し、タツィオ・ヌヴォラーリらのトップドライバーを擁し、最強の体制で勝利の記録を伸ばし続けた。

しかしレースを闘うためには資金が必要だった。