【130年前の廃墟】捨てられた鉄道トンネルが極秘のテストコースになるまで 英ケイツビー・トンネル

公開 : 2021.09.20 18:25

廃墟を自動車開発に活用するアイデアがにわかに注目を集めています。ロマンあふれる廃トンネルを訪ねました。

自動車開発で鍵を握る「空力」

執筆:Mike Duff(マイク・ダフ)
翻訳:Takuya Hayashi(林 汰久也)

長さ約2.7kmの暗いトンネルをちょっと進んだだけで、写真撮影の難易度がぐっと上がる。しかし、美しい英国・ノーサンプトンシャー州の地下を走る巨大な構造物の中に立ってみると、今回の魅力的なプロジェクトについて筆を執らずにはいられなかった。

ここ、ケイツビー・トンネルは、自動車開発における空力研究で使用されようとしているが、風洞施設ではない。むしろ、できるだけ穏やかで安定した条件のもとで行われる「非風洞施設」と考えたほうがいいだろう。これは非常に画期的なことだ。

ケイツビー・トンネル
ケイツビー・トンネル    AUTOCAR

初期の風洞施設は19世紀に作られたが、飛行機の登場により、気流の影響を研究することが急務となった。ライト兄弟は、1903年に初飛行に成功したライトフライヤー号の開発に、ベーシックな風洞を使用した。しかし、自動車産業に空気力学が導入されたのは、それよりもずっと後のことだ。

初期の自動車は速度が遅かったため、空気の流れを詳細に理解する必要がなかった。そのことは、背が高く直立した構造が多いことや、ドライバーのゴーグルに虫が飛び散っていたことからもわかる。

空気の流れを研究する有用性を証明したのは、ドイツのヴニバルド・カム教授による先駆的な研究だった。1930年、カム教授はドイツのシュトゥットガルト近郊に世界初の本格的な自動車用風洞を建設し、現在も使用されている。

1938年に発表された革新的なBMW 328カムクーペは、標準の328よりもはるかに効率的で、新しい科学の利点を証明していた。それから数十年、モータースポーツが空力によるダウンフォースの時代に入ると、風洞の重要性が再び高まったが、(開発の)スピードが求められるため、多くの場合で縮尺を小さくしたダウンサイジング・モデルを使用する。

風洞は、今やレーシングカーだけでなく市販車の開発にも欠かせないツールとなっている。特に、EV(電気自動車)が航続距離を伸ばすために空力性能が鍵となっていることからも、風洞実験の重要性は非常に高いと言える。

好条件で空力研究ができる

しかし、風洞の建設と運営には莫大な費用を必要とし、強力なものだと1日あたり10万ポンド(約1500万円)以上かかる。そのため、英国の田舎にある廃線の鉄道トンネルを利用することになったのだ。

最高のアイデアは、往々にして多角的な思考から生まれる。風洞では、研究対象物の周りを空気が高速で動く。もっと簡単な方法は、空気を静止させたまま、物体自体を動かすことだ。

ケイツビー・トンネル
ケイツビー・トンネル    AUTOCAR

実際にこの方法で多くの空力試験が行われているが、風や天候、気温の変化の影響を受けやすく、一貫性を保つことが課題となっている。必要なのは、風雨の影響を受けない、慎重にコントロールされた環境だ。

既存のトンネルを利用するというアイデアは、今に始まったことではない。米国では、2003年にチップ・ガナッシ・レーシングがペンシルバニア州にある廃トンネルを入手し、それ以来、モータースポーツの開発に広く利用されている(F1チームも利用していると言われている)。

英国では、空力学者のロブ・ルイスが同様のアイデアを提案している。ルイスは、BARやホンダのF1チームで活躍した後、CFD(数値流体力学)設計を専門とするTotalsim社を設立した。自動車だけでなく、自転車競技をはじめとするアスリートの空力性能向上にも注力しており、ルイスはオリンピック選手への貢献が認められてOBE(大英帝国勲章)を受賞している。

そして2013年、彼は英国の鉄道トンネルを再利用した実験の可能性を探ることにした。そして偶然にも、長くてまっすぐなトンネルが、ダヴェントリーの南西6kmに位置するケイツビーにあることがわかった。

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