【130年前の廃墟】捨てられた鉄道トンネルが極秘のテストコースになるまで 英ケイツビー・トンネル

公開 : 2021.09.20 18:25

130年以上の歴史を持つトンネル

現場を案内してくれたTotalsim社のジョン・パトンは、当時のことを振り返ってこう語っている。

「最初に見学に来たときは、イラクサをかき分けて登っていました。そして、誰が所有しているのかを確認し、使わせてもらうために交渉するという小さな問題に直面したのです」

トンネル内には古い工具や部品、動物の骨が散乱していた。
トンネル内には古い工具や部品、動物の骨が散乱していた。    AUTOCAR

ケイツビー・トンネルは1887年に完成し、国鉄(ブリテッシュ・レール)が1966年まで使用していた。全長2.7km、幅8.2m、高さ7.8mで、約3000万個のレンガからできている。

中に入ってみると、排水溝が詰まって部分的に浸水しており、かつて機関車の煙を流していた垂直の通気口(エアシャフト)は鳥や動物の死骸でいっぱいだった。現在、屋根付きの作業場には、回収された遺物のコレクションが置かれている。廃墟に住むコウモリの生息環境を守るため、入り口付近にスペースを確保する必要があった。プロジェクト始動から8年、これまでに約2000万ポンド(約30億円)が投じられ、トンネルは生まれ変わろうとしている。

ケイツビー・トンネルの南側入口(ポータル)から湿った暗闇の中に入ると、ビクトリア時代末期の技術力なしには、このような建築は不可能であったことがわかる。60年近く放置されていたにもかかわらず、構造物は驚くほど良好な状態を保っている。湿ったレンガから水滴が落ちるのを減らすため、天井にはライニングが施されているが、露出した部分には70年近く蒸気機関車が働き続けたことによる分厚い煤がまだ付着している。

勾配は1:176(0.006%)と安定しており、平坦でほぼ完全な直線を描いている。列車のスピードを重視してこのような作りとなったとされているが、これは自動車の空力研究にも非常に好都合だ。

「実際にスキャンしてみて、びっくりしました」とパトンは語る。「数センチの誤差もなく、完璧な仕上がりです」

Totalsim社は新たにコンクリートの基礎を作り、その上に超精密な舗装材を敷き詰めて、表面を隙間やジョイントのない均一な状態に仕上げる。

「テストで最も重要なのは、一貫性と再現性です。高品質なデータはそこから生まれるのです」

完成したトンネルは、準備エリアと屋根付きの通路で結ばれ、機密性が確保される。また、両端にはターンテーブルが設置され、切り返さずにベースに戻れるようになっている。

初期の段階では、コースダウンテストと呼ばれるテストに使用されることが予想される。これは、自動車がニュートラルで惰性走行する際の速度変化を記録し、抵抗を調べるものだ。しかし、もっと野心的なテストに使用することもできる。例えば、チップ・ガナッシのトンネルは、ナスカーのレーシングマシンがスピードに乗ってドラフトする際の空力を研究するために使用されたと言われている。

使い方はアイデア次第

ケイツビー・トンネルの開発チームは、すでに将来のアップグレードを考えている。超高感度の圧力感知床板、内部のGPSアンテナシステム(信号は地面を通らない)、サイドウィンドの影響を調べるためのファン、さらにはスプレーパターンを作るためのスプラッシュエリアなど、多くアイデアが出ている。

自動車だけではなくプロのサイクリストも使うだろうし、すでにさまざまな記録への挑戦が計画されている。「テレビ司会者のガイ・マーティンが電話をかけてきましたよ」とパトンは言う。いつか、ケイツビー・トンネルを舞台にしたドキュメンタリー番組も観られるかもしれない。

ケイツビー・トンネル
ケイツビー・トンネル    AUTOCAR

安全性を重視するため、トンネルの両端には緊急車両が配置されることになっている。トンネルには厳密な速度制限はないが、どのテストにも安全性の確認が必要だ。パトンは次のように話している。

「もちろん、使用者が何をしたいかによります。普通のクルマで時速80kmで走るのと、リチウムイオンバッテリーを搭載したプロトタイプ車でその倍のスピードを出すのとは違うでしょう」

1つ驚いたのは、音が反響しないことだ。トンネル内の音響特性は非常にフラットで、ノイズは湾曲した壁にすぐに吸収されてしまうらしい。しかし、大排気量スポーツカーを走らせたときの音は、やはりかなり特殊なものになるだろう。

高回転のV12エンジンがここでどのような音を出すのか、想像するだけでワクワクしてくる。また、外部から遮断されているため、24時間誰にも迷惑をかけずにテストを行えるはずだ。

パトンは、このトンネルが真っ白なキャンバスになると述べている。

「みんなが次々と新しいアイデアを出してきますが、中にはわたし達が思いつかなかったものもあります。たいていの答えは『いいじゃないか』です」

ケイツビー・トンネルは、来月からクライアントが利用できるようになる。スバルもこのプロジェクトに投資しているが、お金を払う用意のある人なら誰でも利用できるようになるという。そう、このトンネルの先には光があるのだ。

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