フェラーリの全ては12気筒から始まった 「12チリンドリ」日本初披露

公開 : 2024.06.13 17:45  更新 : 2024.06.13 23:22

2024年6月11日、フェラーリ・ジャパンはV型12気筒自然吸気エンジンを搭載する新型車、「12Cilindri(ドーディチ チリンドリ)」を日本初公開しました。電動化が進む世の中に華麗な夢となるのでしょうか。

フェラーリの歴史そのもの

「12チリンドリ」、つまり12シリンダー。エレガントなニューモデルはイタリア語で12気筒を意味する。車名の通り、6.5Lの自然吸気V型12気筒エンジンをフロントミドに搭載、後輪を駆動して走る伝統的な形式のスポーツカーとなっている。

エンジンの最高出力は830ps/9250rpmで、最大トルクは69.12kg-m/7250rpm。全域でトルクフルな扱いやすいエンジンであるとともにレブリミットまで淀みなく回る、まさにフェラーリとが紡いできたV12エンジンの歴史の集大成であるという。

左からヘッド オブ プロダクト マーケティングのエマヌエレ・カランド氏とフェラーリ・ジャパンのドナート・ロマニエッロ代表取締役社長
左からヘッド オブ プロダクト マーケティングのエマヌエレ・カランド氏とフェラーリ・ジャパンのドナート・ロマニエッロ代表取締役社長    小川和美

発表会の冒頭では

「フェラーリの歴史は12気筒エンジンから始まった」

と語るエンツォ・フェラーリの映像が流れ、12気筒エンジンの特別さを強調した。

ジェントルマンドライバーのためのフェラーリ

12チリンドリは1950~1960年代の275や250のシリーズからインスピレーション受けている。

それらのクルマは、当時のジェントルマンドライバーたちが通勤から旅行、休日にはサーキットでフェラーリを堪能するといった使い方をしていた。

812由来の「F140HD」エンジン
812由来の「F140HD」エンジン    小川和美

ヘッド・オブ・プロダクト・マーケティングのエマヌエレ・カランド氏は「12チリンドリ」もそのような現代のジェントルマンドライバーのために作られたクルマであると説明した。

伝統と革新を両立

デザインは1950~1960年代の名車を倣い、ロングノーズ・ショートデッキのシルエットを採用、エレガントさと伝統を表現している。そこにブラックアウトされたルーフやスクリーンが加わり、エッジの効いたものとなっている。

さらに後端には可動式のフラップを備えたアクティブエアロを搭載することでロー・ドラッグとハイ・ダウンフォースを両立。

1970年代のSFからインスパイアされた「12Cilindri」
1970年代のSFからインスパイアされた「12Cilindri」    小川和美

ブラックアウトされたルーフ部分と、三角形に繋がったリアスクリーン、可動式フラップは1970年代のSF(Science Fiction)から着想を得ているとのこと。伝統守りつつ、前衛的な姿勢を忘れない意思を感じる。

もちろん四輪独立操舵「Passo Contro Virtuale」、ABS-EVOと6W-CDS(6ウェイ・シャシー・ダイナミック・センサー)を組み合わせたブレーキ・バイ・ワイヤや、SSC8.0と呼ばれるサイド・スリップ・コントロールなど、最新装備も充実している。

スペック

全長×全幅×全高:4733×2176×1292mm
燃料消費率:9.2km/L(WLTCモード)
駆動方式:RWD
車両重量:1560kg
パワートレイン:自然吸気V型12気筒6500cc
使用燃料:ガソリン
最高出力:830ps/9250rpm
最大トルク:69.12kg-m/7250rpm
最高速度:340km/h
ギアボックス:8速オートマティック(DCT)
タイヤサイズ:(フロント)275/35R21、(リア)315/35R21

小川和美

記事に関わった人々

  • 執筆

    小河昭太

    Shota Ogo

    2002年横浜生まれ。都内の文系大学に通う現役大学生。幼いころから筋金入りのクルマ好きで、初の愛車は自らレストアしたアウトビアンキA112アバルトとアルファロメオ2000GTV。廃部になった自動車部を復活させようと絶賛奮闘中。自動車ライターを志していたところAUTOCAR編集部との出会いがあり、現在に至る。instagram:@h_r_boy_
  • 撮影

    小川和美

    Kazuyoshi Ogawa

    クルマ好きの父親のDNAをしっかり受け継ぎ、トミカ/ミニ四駆/プラモデルと男の子の好きなモノにどっぷり浸かった幼少期を過ごす。成人後、往年の自動車写真家の作品に感銘を受け、フォトグラファーのキャリアをスタート。個人のSNSで発信していたアートワークがAUTOCAR編集部との出会いとなり、その2日後には自動車メディア初仕事となった。

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