RETROMOBILE 2017 Part-3

2017.02.08〜12

text & photo:Kunio Okada (岡田邦雄)

 
レトロモビルは今年で42回目となるため、最初に開催された1970年代に最新のモデルだったクルマたちも、もはやヒストリックカーの領域になってしまった。その頃でさえ、1950年代や1960年代のクルマたちに憧れを感じたものだったが……。まことに自動車の世界は時間が過ぎ去るのが早い。

2017年現在、ヒストリックカーの世界はさらに、多種多様で奥深く広大なものとなっている。その世界を俯瞰できるイベントがこのレトロモビルであり、今年も数々の興味深い車両が展示された。そのため毎回、新たな発見があるのである。

今年、初めて、その存在に注目したクルマとしてはショーソンがある。ラジエターの製造工場として出発したショーソンは、まもなくボディを制作する工房に転身して、戦前はフォードV8やシュナール・ワルケール、戦時中には飛行機の機体。戦後はパナール・ディナやシトロエンSM、ルノー4CVやエスタフェ、プジョー304やオペルGTなどのボディ生産を担った。しかし戦争中には小型車を開発していたのである。それが今回、レトロモビルで姿を現したCHSプロトタイプで、残念ながら生産化には至らなかったが、軽量で工作の質がとても高いことに感心した。

ショーソン一族の末裔であるクリストフさんがレストアされて、同時にショーソンの社史とこのクルマについて解説された著作も刊行された。ぼくも早速1冊買い求めたら、クリストフさんが献辞付きのサインを書いてくださったのも、レトロモビルならではの嬉しいサプライズだった。

ここには毎年、新しい出会いもあり、一年ぶりに再会する人もいれば、10数年ぶりの邂逅をしたりする。やはりレトロモビルはヒストリックカーの冬の社交場だから、毎年、足が自然と向かってしまうのだ。

  • ショーソンCHSは戦後を見据えた経済車で、2スト単気筒350ccエンジンで前輪を駆動。薄い鋼板のモノコックは超軽量で、十分な性能を発揮した。

  • ショーソン社の創業期はラジエターを製造するメーカーだった。その当時のファクトリーでの製作シーンを捉えた貴重な写真が掲示された。

  • ボディを制作する工房に転身してから、同社が戦後に手掛けたパナール17のアルミ・ボディが搬出される写真も、あわせてお目に掛けよう。

  • フランスの飛行機黎明期の1906年に設立されたヴォアザン兄弟飛行機会社は、第1次世界大戦後は自動車の製造にとりかかった。

  • ヴォアザンは、アルミを多用した進歩的なクルマ造りを行い、特にこの端正なスタイルのボディ・スタイルはルミノーズと呼ばれた。

  • ルミノーズはル・コルビュジエが愛用し、彼の建築の前に置かれて撮影された。共にエスプリ・ヌーヴォー(新しい精神)を表現するものとされた。

  • 1926年にドラージュは直列8気筒DOHCにスーパーチャージャーを装着し、1500ccながら165馬力を発揮する新しいグランプリカーを開発した。

  • 1927年に改良を施されたドラージュは無敵の存在となったが、その年限りで撤退した。ワークスマシンは放出されることになった

  • ワークスマシンはプライベーターに渡ったが、英国のディック・シーマンが購入したドラージュは10年後の大レースでも優勝を重ねていた。

  • パナールの空冷2気筒エンジンを搭載し、フランスの戦後のレース・シーンのヒーローだったDB。

  • DBをルネ・ボネ経由で継承したマトラはル・マンやF1への挑戦を開始して、やがて頂点を極めた。

  • シトロエンはBXをベースに4輪駆動の4TCを200台生産し、グループBのホモロゲートを獲得した。

  • イタリアのカロッツェリアでボディを換装した4CVを駆り公道レースで活躍していたジャン・レデーレ。彼が1956年にアルピーヌという名前のもとに最初に生産したのがルノー4CVをベースにしたA106で、ここから発展してA110やA310が生まれた。

  • 2010年のパリ・サロンで発表されたルノー・トレゾールは、新しいアイデアがちりばめられた意欲的なコンセプトカーだが、リヤのルノー・エンブレムの後ろに星印が施され、戦前の豪華なルナステラの血筋であることを密かにほのめかしているそうだ。

  • 1922年12月から翌年にかけて自動車として初めてサハラ沙漠を横断したシトロエン B2 K1。シトロエンは、自動車による学術調査隊を組織して、同年10月から18ヶ月に及ぶアフリカ横断や、1931年からは過酷な中央アジア探検旅行を完遂した。

  • 田舎のお城で40年以上も放置されていたシャプロン・ボディの戦後型ドライエ235。風格あるバーンファインド。

  • ブガッティT57にもジャンによる自社製ボディの他、カロシェによるボディもあったが、これは装飾過剰。

  • 1936年のドライエ135にはそれに相応しいフィゴニ・ファラスキの流麗なデザインのボディが架装されていた。

  • これもバーンファインドのシトロエン DS19 カブリオレ。3オーナーで、1968年以来、現在まで同じオーナーのもとにあったそうな。

  • 戦後まもないル・マンで活躍したタルボ・ラーゴの最終モデルが1953年に発表されたグランスポールだが、これは1956年モデル。

  • プジョー404カブリオレ? ノン! これはサルムソンの歴史の最後を飾る2300スポールのシャプロン製カブリオレ。

  • フランス車ではないが、こんなスクーターやツンダップ・ヤニスのようなバブルカーたちもアールキュリアル・オークションに出品された。

  • 飛行機を手掛けるブレゲが1942年に制作した電気自動車。この時代は石油の確保が難しくなってきて、様々な電気自動車が開発された。

  • このカブリオレの車名が分かりますか? 答えはシトロエン・トラクシオン・アヴァン。カロシェによる一品制作車だ。

  • レトロモビルのたくさんある楽しみのひとつが様々な自動車アートとの出会い。こちらは吉田秀樹画伯のブース。

  • 現代のル・マンやF1をテーマにした作品も様々あるが、やはりブガッティなど戦前車の絵画も多い。

  • ヴォアザンもまたアーチストに訴えかける魅力があるのだろうか。描かれる機会が多いように思われる。

  • タルボ・ラーゴの朽ちかけた姿を模型で再現! 美しく仕上げるより、さらに技巧とセンスが必要だ。

  • ラリックのラジエター・マスコット。アール・デコとはスピードが発見された時代の意匠であった。

  • エッソ石油のノベルティもコレクターが多いが、これは初めて見た。なかなか良いじゃないですか?

  • レトロモビルでは多様なクルマの発見もさることながら、様々な人との出会いも楽しい。

  • 僕の書架にもこの紳士の著作が並んでいる。ムッシューの名前はモーリス・ロシェ/Maurice Loucheさん。

  • ヴィンテージ・スタイルの帽子やグローブなどを扱うお店の兄弟もいい雰囲気を醸している。

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