【エンターテインメント・ワゴン】マーキューリー・エイト 戦地を歴訪したサンドカラー 後編

公開 : 2021.05.30 17:45

砂色に塗られた古いマーキュリー・エイト。エンターテイナーのジョージ・フォームビーが戦地を歴訪した過去とともに、英国編集部がご紹介します。

オフロード向きのタイヤに携行タンク

text:Jack Phillips(ジャック・フィリップス)
photo:Max Edleston(マックス・エドレストン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
英国の王立電気機械工兵部隊によって、ステーションワゴンのマーキューリー・エイトはオフロード用のタイヤへ交換され、強い日差しから乗員を守るために窓ガラスが小さく改造された。だが、V8エンジンの燃費の悪さはどうしようもなかった。

ベストでも、5.3km/L程度だったらしい。ボディや荷室には、ブラケットがいくつも追加されている。携行タンクを沢山載せて走った名残だ。

マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)
マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)

戦地ツアーへの出発に先立ち、エンターテイナーのジョージ・フォームビーはブラックプールの道でサンドカラーに塗られたワゴンを試運転。すぐにマーキュリーには慣れたようだ。変速しても明確な効果が得られないことも、理解できただろう。

車内は快適で、家にいるように落ち着く。もっとも実際、移動する家として53日間も過ごした場所だ。

現在見ても、その当時を想起させる雰囲気がある。大きく張り出したフェンダーのおかげで、車内の幅はさほど広くない。しかし四角く、実用的なサイズはある。

クリーム色に塗られたステアリングホイールの位置は悪くなく、真っすぐ伸びるコラムは程よく寝かされている。ダッシュボードもクリーム色。質実剛健な見た目は、軍隊の匂いが強く漂う。

横長のフロントガラスは、ドライバーのすぐ手前に立っている。少しヒビが入っている様子。顔のように、可愛らしくメーター類が並んでいる。当時らしい半円形のスピードメーターが特徴的だ。

75万の兵隊へエンターテインメントを提供

シートの表皮は現在までに一度張り替えられているが、新車時のように大切に状態が保たれているわけではない。モーリス・マイナー・トラベラーに似たカタチにも思えるが、全体的に不格好に見える。

このサンドカラーに塗られたステーションワゴンのマーキュリー・エイトは、合計3回の戦地ツアーに向かっている。中でも特に、耐久ラリーのような53日間のツアーは、最も英国人に強い印象を残したものになった。

マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)
マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)

不思議なことに、フォームビーの妻、ベリルは日記を書く自由を夫へ与えなかった。また彼女自身も、ツアーの記録はほとんど残さなかったようだ。

モス・ブラザースのスーツで決めた彼らは、国民娯楽協会(ENSA)のロゴが入ったマーキューリーで世界中の戦地を訪問。モロッコでは飛行場で即興的に歌った。チュニスでは戦車のそばで。経験した中で最も熱い天気だったと、感想が残されている。

フォームビーたちは北アフリカからイタリア、シチリア島へと移動を重ねた。さらにマルタからジブラルタル、再びアフリカに入り、パレスチナへ。合計で約75万人の兵隊へ、エンターテインメントを提供している。

南アフリカでは人種差別に反対し、評価が分かれるような演奏はしなかった。穏やかなカナダにも向かえたはずだが、選ばなかった。

「カナダなら、もっとお金を稼げたでしょうが、中東の方が仕事のやりがいを感じると思ったんです。カナダは戦地から離れていましたし、英国軍の攻勢を期待していました」

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