クルマ漬けの毎日から

2015.03.20

つかの間のル・マン・ウィナー

Straight to Le Mans

 
ジャガーF-タイプを運転するたびに、新たな長所を発見する。週末、英国版編集部が所有するV8のF-タイプに乗ったところ、エンジン、ステアリング、ブレーキの各反応と日常的な使い勝手とがいかに素晴らしくバランスされているかに気づいた。このまま一直線にル・マンに行ったら、優勝できるのではないかと思うほどの素晴らしさだ。最初は、これほどの大パワーに畏敬の念を抱かずにはいられない(550psを操縦しているのは、本当に自分だろうかと)。だがすぐに、F-タイプは正確かつ思いどおりに運転できるクルマで、まずまずの運転技術のあるドライバーならば、だれでもうまく操縦できるとわかる。

そこで問題になるのが、他の人たちがF-タイプに乗っている人をどう思うかであるが、たいていの場合、とくに問題はない。F-タイプにはその珍しさや価格をはるかに超えるスター性があり、大勢の人たちがこのクルマに群がってくる。たとえば、駐車しておくと、一緒に写真を撮りたい人たちが集まってくる。高速道路を走っている時は、もっとよく見ようと、周りのクルマがスピードを上げて近づいてくるか、スピードを落として、F-タイプを先に行かせようとする。勝負を挑んでくる人もいる。また、商用バンのドライバーのなかには、こういうクルマを所有できることをやっかんで、F-タイプの行く手を阻もうとする人もいる。こういったいつもとはちがう状況に平静を保つことも、F-タイプのドライバーに必要とされるスキルだが、それほど大きな問題ではない。

 

 
ロールス・ロイスのSUVが今後登場することが発表されているが、どんな名前になるのか、注目されるのはまちがいない。BMW監修のもと登場した最新の3モデルが何らかの基準になるのであれば、以前からなじみのある名前が採用されるだろう。ロールス・ロイスは、ベントレーが最近採用した “ベンタイガ” といったタイプの名前はつけないだろう。なにしろ礼儀正しいベントレーのエンスージァストでさえ、この名前のことを話題にしているのをロールス・ロイスは気づいているだろうから。ドーン、クラウド、スピリット、スパー、シャドウ、カマルグ、コーニッシュなどの名前が思い浮かぶが、もし私が名づけるならば、カマルグを選ぶだろう。カマルグは、フランス南部の自然公園(湿原地帯)の名前で、このあたりはアルルで分岐したローヌ川と地中海に囲まれた三角州地帯である。ラグジュアリーな4X4の成功にふさわしい場所だ。40年前には売れ行きの悪かったクーペにつけられていた名前だが、だれもそんなことは気にしないだろう。

 
妙な話に聞こえるだろうが、今朝私は自分自身に無性に腹が立っている。というのも、今まで一度もフォルクスワーゲン・ゴルフを所有したことがないからだ。そして今、それを悔やんでいる。このところ、ゴルフ2.0TDI 150DSGに試乗していて、このクルマに夢中なっている。明日が返却日で、フォルクスワーゲンの担当者が引き取りに来るが、ゴルフを隠してしまいたいほどの気持ちになっている。

この月並みなクルマのどこが、それほど特別なのか? 週末にあれこれ考えたところ、普段の運転のあらゆるモードにどれほど素晴らしく適応できるかという点に、その秘密があるのではないかと思っている。フォルクスワーゲンはゴルフの新型を開発する際にはいつも最適な人選をしており、そのことはこれまでも認識していた。だが、今回ほどはっきりとその証拠を見たことはなかった。

ゴルフを大好きにさせるのは、ほんの些細な事柄だ。リア・ビュー・ミラーとリア・ウインドウの位置関係は、これまで乗ったクルマのなかで最高に素晴らしい。リア・ビュー・カメラを必要な時までVWマークが保護するというアイディアは、まったく独創的だ。ギア・シフトのパドルは、ベントレーやフェラーリのパドルよりも私の手にはよくなじむ。こういった素晴らしい点が、ゴルフにはいくつもある。

だが、ひとつアドバイスがある。運転を始める前に “レーン・キープ・アシスト・システム” をオフにしておくのを忘れないように。英国の荒れた路面では白線が途切れたり汚れたりしているため、このシステムが正常に作動しない場合がある。すると、素晴らしいゴルフが、あの三輪のリライアント・ロビンになったかのように感じる。

 

 
いったいだれが政治家になりたいと思うだろうか。この職業のむずかしさは、いったん口にしたことが意に反して受け取られても、もう手遅れで修正が効かないところにあるのはまちがいない。今日、デビッド・キャメロンがロールス・ロイスに訪問した時そうであったように。当然のことながら、イギリス首相は、自動車業界の業績と自らを結びつけようと積極的になっている。それで、選ばれた自動車ジャーナリスト(英国版編集部のホルダーもそのうちの一人)がグッドウッド本社に招待され、ロールス・ロイスの社員から首相が質問を受けるところを取材することになった。キャメロン首相は、誠実で感じの良い印象を周囲に与えていた。そして、クルマといえばおなじみの次の質問がされた。「ロールス・ロイスを運転したことはありますか?」 首相は、「ありません」と答えた後で、その理由を「護衛の人たちが、私を装甲車両のジャガーに乗せることを好むからです」と説明した。そして、さらにこう言った。「防弾が施された重量のあるジャガーに乗っていると、まるでロールス・ロイスを運転しているような気分になります」と。

ロールス・ロイスのマネジャーたちは全員、あちゃ、と手で顔を覆ったにちがいない。この先ロールスからどんなクルマが登場し、かつクルマにおける重量のデメリットを知っている人は皆、この発言をなんとも皮肉だと感じただろう。ロールス・ロイスは、今後登場するすべてのモデルにカスタムメイドのアルミ製スペースフレームを採用する方針を発表したばかりだ。もちろん軽量化を図るために。

 
“欧州カー・オブ・ザ・イヤー2015” の発表にちょうど間に合うタイミングでジュネーブへ入った。今年は、フォルクスワーゲン・パサートが受賞した。ジュネーブで最終結果が発表されるようになってから、今年で3年目になるが、この変更が成功しているのは、確かだ。TVのカメラマンたちが場所取りのために争う光景を見ると、このイベントがうまくいっていることがわかる。

パサートの受賞にがっかりした人もいたようだが、パサートは素晴らしいクルマだ。フォルクスワーゲンの代表は、心温まるスピーチをした。彼と同僚が、今日、自動車に関する賞が多数あるなかで、欧州カー・オブ・ザ・イヤーを価値ある賞とみなしていたのは確かだった。そして、実際そのとおりだ。

 
ジュネーブ・ショーで、ルノーのデザイン・チーフ、ローレンス・ヴァン・デン・アッカーと15分ほど話した。アッカーはルノーのデザインの全面的な大改革を指揮している人物で、人を中心としたクルマづくりに取り組んできた。そして今、ルノーのデザインはヨーロッパのどのブランドよりも輝いている(そう私は思っている)。時々思うのだが、もし5、6年前にダイムラーがこの傑出したオランダ人を起用していたら、今頃、メルセデス・ベンツのデザインはどのように変化していただろうか。アッカーはパリの通りに停まっていた1台のキャプチャーを発見し、スマートフォンで写真を撮って送ってくれた。現代のクルマにおいて、正しい色の選択と、光を反射する造形を施すことがどれほど効果的であるかを示すために。

translation:Kaoru Kojima(小島 薫)


 
 

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