【シェアするクラシックカー】モーリス・エイトが広げるファンの若返り 前編

公開 : 2020.09.19 07:20  更新 : 2020.12.08 08:39

自動車評論家のジョン・プレスネル初めての愛車が、今回ご紹介するモーリス・エイト・シリーズE。今は英国モーリス・レジスターの所有車両です。クラシックカー・ファンの若返りを目指すべく、シェア活動が始まっています。

もくじ

最初に乗った、思い出のモーリス
若返りを目指すモーリス・レジスター
戦前のモーリスとして最も現代的
最初に借りたのは46才の美術教師

最初に乗った、思い出のモーリス

text:Jon Pressnell(ジョン・プレスネル)
photo:Will Williams(ウィル・ウイリアムズ)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
人生で、いちばん大切な思い出のクルマはなんだろう。AUTOCARの読者なら、そんな1台があると思う。逆に、1台は選びきれないかも。

筆者の場合、FYK 259のナンバーを付けた、モーリス・エイト・シリーズE ツアラーだ。1974年、10ポンドで手に入れた最初の愛車。今まで使った10ポンドの中で、最も有意義なものだった。

モーリス・エイト・シリーズE ツアラー(1938〜1941年)
モーリス・エイト・シリーズE ツアラー(1938〜1941年)

小さな投資が、筆者の古いクルマへの愛情を深めた。モーリスという英国の自動車ブランドへの興味を、大いに刺激した。

モータージャーナリストとして、執筆活動を始めるきっかけを作った。40年ほど仕事をしているが、モーリスの歴史を研究し、本も出版した。そして今回の、とても幸せな取材にも結びついた。

筆者がモーリスと出会ったのは偶然。自宅から2kmも離れていない駅の駐車場に、赤く手で塗られた、くたびれたエイト・シリーズEが停まっていた。

その頃、わたしは15才。ほかの子供とは違って、シリーズEがどんなクルマなのか知りたいと思った。お小遣いで、自動車雑誌のカー・スポッターズ・ガイドを入手した。フロントフェンダーに埋め込まれたヘッドライトが、強く印象に残った。

基本的に1939年にだけ作られた、ツアラー。モーリスの中でも、価値ある1台だ。

筆者は赤いモーリスのオーナーをたどった。故障車として放置されていたクルマは、自宅へレッカーされてきた。

若返りを目指すモーリス・レジスター

思春期だった筆者は、その時期らしい、完璧主義的な考えを持っていた。お手本通り、きれいにレストアすることを決意した。

手始めに、モーリスの英国自動車クラブ、モーリス・レジスターへ加入。バイブルと呼べる、レストアの手ほどきが記された本を手に入れた。著者はブライアン・モーガンとリチャード・ウィートレイ。きれいにブックカバーで包んだ。

モーリス・エイト・シリーズE ツアラー(1938〜1941年)
モーリス・エイト・シリーズE ツアラー(1938〜1941年)

週末を2回ほど使えば、モーリスは走れる状態に戻せたかもしれない。しかし筆者はクルマをバラし、レストアを進めた。

やがて大学へと進学し、クルマは再び放置された。実家の引っ越しがあり、1979年にサセックスの男性へ売却。それ以来、FYK 259のエイト・シリーズEと出会うことはなかった。

ところが2018年、FYK 259の面白い話を耳にした。若い世代にクラシックカーへ興味を持ってもらうため、モーリス・レジスターが購入し、貸し出し車両にしているという。

1970年代半ばから、継続的にレジスターのメンバーだった筆者。エイト・シリーズEと再び出会うチャンスが巡ってきた。

筆者は昔、モーリス・レジスターの定例会で、講演会を依頼されたことがある。43才だった時で、良く覚えている。

会場を訪ねると、その会場で最も若いのは筆者だった。レジスターは高齢化が進み、存続させるには新しい行動を起こす必要があると感じた。

それから20年。モーリス・レジスターは、新しい取り組みをスタートさせたと知り、うれしい。

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