マクラーレンF1

公開 : 2013.12.31 14:53  更新 : 2017.05.29 19:11

イントロダクション

“ここに紹介するのは、史上最高速を達成したテストの記録ではない。恐らく永遠に破られることのない最高速テストの記録である。”

“テストに使う備品をマクラーレンF1に設置するまで、誰もこのクルマの速さを理解していなかった。今はもう、なにもかも承知している。われわれは時速338km/hを超える速度に達し、タイムは100分の1秒単位まで記録してきた。もうこれ以上の記録は出せない。”

“地球上の誰であろうと、どんな舞台が用意されようと、驚愕の1億円級スーパーカーをマクラーレンがテストのために解放することは、この先もうないだろう。”

これらの言葉は、オートカーが1994年に行ったマクラーレンF1のテスト記事から引用したものである。この日のテストは、間違いなく英国の自動車文化が誇る最も象徴的なロードテストと言えるだろう。

F1の登場というのは、匹敵しうる新たなスーパーカーが現れるのに、21年という期間を要するほど、強烈な出来事だった。

1994年5月、われわれは5台目のプロトタイプ車両となるコードネームXP5を運び出すことに成功した。性能試験はミルブルックとブランティングソープという二つのコースで、パフォーマンス評価の全項目をテストするのが目的である。この車両は4年後に、アンディ・ウォレスがドイツのエーラ・レッシェンにおいて、当時の世界最高速である243mph(391.0km/h)を記録している。

ここへ来てようやくマクラーレンが新型車P1を発表する運びとなった。われわれは、1994年5月に実施したAUTOCARロードテストを再掲載し、そのはなむけとしたい。

デザイン

マクラーレンF1のパワーユニットは、60度のバンク角を設定した6.1ℓフォー・カムV12エンジンで、設計と製造はBMWモータースポーツ社が担当している。最高出力は627psを7400rpmで、最大トルクは66.3kg-m以上を4000rpmから7000rpmの全域で発生する。これと組み合わされる車体の重量は1138kgとなり、パワー・ウエイト・レシオは550ps/トンに達する。

F1のコクピットは、他の市販車とはまったく異なり(ゴードン・マーレイのもう一つの宝物、ライトカー・カンパニー社のロケットを除く)、セントラル・ドライビング・ポジションを採用している。運転席は著しく前方に設置され、その両脇の少々奥まったところに左右一脚ずつパッセンジャー・シートが配置されている。トランクは、車体の両側面、ちょうどパッセンジャー・シートとリア・タイヤの間に、カーペット敷きのスペースが準備され、手荷物を積み込むことができる。

ディヘドラルドアは外側にではなく、上に跳ね上げる形式だ。運転席に身を収めれば、ロードカーとしては例のないユニークなカーボン・コンポジット・モノコックが見て取れる。

パフォーマンスデ・ータからも分かるように、F1に張り合えるライバルなど存在しないのである。

£238,000(当時約4,000万円)のブガッティEB110GTは、素晴らしいクルマなうえ、価格もマクラーレンの半額に満たないが、F1だけに許された世界に触れることすらできないだろう。£403,000(同約7,000万円)を費やせばジャガーXJ220の怪物のようなパフォーマンスを手に入れられる。しかし、一年運転し続けたところで、£540,000(同約1億円)のマクラーレンが、わずかなストレートでどんな高みに達するか知ることもできない。

カーボン製のシャシーは揺るぎない強度を誇る。マクラーレンは、ドアの操作性、レザーの縫い目といった細部に至るまで最大限の注意を払っており、造りの粗い点などまったく見つけることができないのだ。このためF1の製造には、完成まで3ヵ月半を要する。立派なラグジュラリー・サルーンといえども、大量生産化により、一日あればライン・オフされるというのに。

外装の塗装面は価格に見合った出来栄えである。内装も同様に、レザーやフロアマットは高品質な仕上がりになっている。フォーミュラー1ゆずりのカーボン・セイフィティ・シェルに囲まれた運転席は、4点式シートベルトが装備されている。このような空前の安全性能によって、万一の際に乗員は大きなダメージを免れるのだ。近年取り沙汰されているエアバッグのような最新の安全装備は用意されていない。

インテリア

キャビンの中は才気あふれる構成になっている、その点は疑う余地がない。例を挙げれば、ドライビング・ポジションは並ぶものがないレベルにある。まず第一に、180cm以上あるものにとって、ブガッティやXJ220の運転は不自然な体勢を強いられるが、F1ではまったく状況が異なるのだ。

身長190cmまでなら、ヘッドルームとレッグスペースも広く、問題なくシートに収まることができるだろう。セントラル・ドライビング・ポジションのためにペダルにオフセットは生じず、タイヤハウスによる干渉もない。ペダルの配置や、ステアリングの角度、それにシフトレバーとの位置関係、これらは望みうる完璧に近いレベルと言える。

ペダルとステアリングの位置は、マクラーレンのファクトリーにおいて、デリバリー前にオーナーに合わせて調整する。従って、シートの前後スライドは別として、ドライビング・ポジションは固定されているのだ。

一点を除けば、F1のコクピットは人間工学的にもよく考えられている。他に例を見ない計器類は、視認性に優れていて美しく、大いに喜ばしいものだ。とりわけ、ドライバーの正面に配置された回転計には、素晴らしいことに7500rpmで点滅するシフトアップ・ライトが組み込まれている。その右側には、240マイル(約386km/h)スケールのスピード・メーターが収まる。

左側には燃料計、水温計、油温計が一まとまりに配置されるのだが、どうしたわけか油圧計は存在しない。それは、問題が発生したときに必要となる情報であり、異常を検知した場合は警告灯や液晶表示で扱うという判断なのである。

われわれが気がかりなのは、運転席とパッセンジャー・シートの仕切りに配置された小さなスイッチ類だ。主にケンウッド製の驚くべきCDプレイヤーと、さほど大きくない空調を操作するものだが、これらはドライバーの視線から離れすぎた位置に配置されている。

後方視界にもまた問題点がある。二枚あるルームミラーにいくらかは映るのだが、真後ろは十分に確認することができないのだ。一方でサイドミラーに目をやると、視線の先にAピラーが立ちはだかり、他のクルマに比べると死角が多いと言える。さらに悪いことに、同乗者が上背のある人の場合、ルームミラーはほとんど使い物にならないのだ。外からの案内なしにF1をバックで進めるのは、生きた心地がしないものだろう。

マクラーレンは悠々と3人乗車して走ることができる。物理的にもっと大きなF40、XJ220、それにブガッティのドライバーが目を丸くしてしまう量をラゲッジ・スペースに積むことができるのだ。3人で出かけることはそれほどないから、空いたシートは予備の荷物置き場にも使える。

パッケージングは、まったくもって偉業と言える。とは言うものの問題点もいくつかある。ドライバーは4点式シートベルトを外さないとドアを閉められないし、複雑な造りのモノコックは出入りを困難にし、上手に滑り込むことを許さない。エンジン・ルームからの熱気は、荷物を熱してしまい、それほどでもないにせよ、同乗者が座るシートにまで及んでしまう。

前方にある運転席は、影響を受けずに済んでいる。このシートはわれわれが試した中でも最もサポート性に優れ、快適なものに数えられる。

高速道路の速度域では、マクラーレンは特別静かというわけではない。意外なことに、キャビンの静粛性という点では、風切り音とタイヤのロードノイズが目立って、ことによるとエンジンからの音は一番小さいようだ。さらに、ドライバーの耳には隣の席ほど騒音が届かないので、長時間にわたって高速道路を走行するなら、うんざりさせられるのは同乗者の方だろう。

パフォーマンス

マクラーレンに乗るには、決まりを守らなければならない。周りのドライバーに注意を払い、空いていても高速道路ではスピードを控えるのだ。英国の道路で安全に走らせるには、精神の鍛錬が必要だ。法的にも安全性の面でも、F1の性能を試す方法がないことを、肝に銘じなければならない。実のところ、並外れた技術と知識を備えたドライバーにとってさえ、マクラーレンを全開走行させるのは、自制心との闘いなのである。

カーブを時速100km/hで抜けストレートに向かう。そのたった11.4秒後には258km/hに達っしている。時速160km/hから320km/hまでの加速は、最速と呼ばれるクルマが停止から160km/hに達するよりもっと速いのだ。このクルマは、冷静な頭脳がなければ、想像を超えた困難にドライバーを陥れる。そういう類いのクルマなのである。

それにもかかわらず低速域での運転は、幸運にも簡単で、それでいて楽しいのだ。リッターあたりの比出力が103ps/ℓという自然吸気エンジンの最高レベルであるにもかかわらず、このエンジンは、6.1ℓの排気量と可変バルブタイミングを駆使して、アイドリングからさえ莫大なトルクを発するのだ。

クラッチ操作は、これだけ高出力なクルマの割には軽く、ミートするのに神経をすり減らすこともない。それでもエンジンにはフライホイールがないので、スロットルから右足を離すと、回転は落ちるというよりも、すっと消えてしまう。しかし、6速ギアボックスの動きが機敏なので、ギアチェンジをスムーズに行うことが可能だ。

市街地を走っていると、F1は穏やかなクルマに思えてしまう。背後のV12はささやくような音を発し、ドライバーはそのことを考えずにセントラル・ドライビング・ポジションに順応できる。トヨタ・スープラよりも車幅が少ないので、細い道もうまく通り抜けられるのだ。制限速度に達したら、6速にシフトし2000rpmを保って、時速100km/hで何時間も走れるだろう。しかし、F1のあるべき姿というのは、こういうものではない。

われわれは今回の性能試験のために二つのコースを用意した。最初は、普段から利用しているベッドフォードシャーのミルブルック・コースだ。どんなテストカーでも楽しめる、最良のグリップを誇るコースだ。それからレスターシャーのブランティングソープ・テストコースに向かい、2マイル(約3.2km)の滑走路を利用し、自動車の歴史において唯一F1だけが達成できる記録を計測するのだ。

世界記録を塗り替える加速性能テストさえ、F1で臨むというのなら、皆が思うよりずっと簡単なのだ。F1のパワーの半分に満たないクルマの方が、一癖も二癖もあるというのは珍しいことではない。なぜなら、F1のエンジンはノン・ターボで、気筒当たりの排気量も適切だし、嬉しいことに可変バルブタイミングを備え、頼りがいのあるトルクがどの回転からでも即座に手に入るのだ。正面の大きな回転計を見て、2500rpmで丁寧にクラッチをつなげば、それでいいのだ。

ここまでを上手く操作できたら、頭の中はホイールスピン寸前のリア・タイヤと、スピードの高まりを知らせるバルクヘッドからの咆哮に気を取られてしまうだろう。回転計の針が7500rpmのリミッターを叩く前に2速にシフトする必要がある。しかし、左足がクラッチペダルに触れる頃には、すでに時速100km/hに達している。ここまで、静止状態からたった3.2秒の出来事だ。

今となっては、このクルマがどれだけ速いか理解できるだろう。それも、スロットルのごく一部を使っているだけなのだ。どのくらい出てるか?  初めて試したなら冷や汗もののスピードだ。クルマが前へ突き進むにつれ、すべての内臓がシートに張り付いてしまう。2速では、0.5秒ごとに時速16km/hずつスピードを上げていく。3速では160km/hを超えてしまう。ここまでたった6.3秒である。われわれのテストで2番目の記録を持っているジャガー XJ220が、同じ測定で7.9秒を要している。しかし、マクラーレンの速さはこの程度では終わらない。

0-193km/h加速は9.2秒。ハッチバック車で考えれば、0-97km/h加速の好タイムである。静止状態から241.5km/hに達するタイムは、新型のポルシェ911(993)が160km/hに加速するよりも速いのだ。極めつけのテストデータは6速の290-322km/hタイムで、7.6秒で達成してしまう。フェラーリ512TRは、5速の80-113km/hタイムさえ、これよりずっと長くかかってしまう。

時速322km/hでの走行さえ、あたかも160km/h巡航中のようにF1の挙動は安定し、力強い加速を続ける。コースの長さが十分なら、タイヤの外径成長(タイヤの伸び)を考えると最高速は370km/hを超えるだろう。そして、やっとリミッターが加速を止めるのだ。まだ580psしか出せないプロトタイプにして、最高速度は時速372km/hを記録した。気温は摂氏40度、バンク角のついたサーキットという、F1から潜在能力を奪う条件があってこれだけの記録である。

中間加速テストで見せたパフォーマンスは、もはや知覚を麻痺させるレベルにある。97-129km/hタイムは2速で1.2秒、145-177km/hタイムは3速でたった1.7秒。こんなスピードを誰が想像できるだろうか。4速の48-209km/hテストでは、2.2秒毎に車速を20マイル(32km/h)上げている。5速の48-257km/hテストにいたっても加速は衰えず、3.0秒以内に同じく20マイルずつスピードを上げている。そして6速では、車速が370km/hを超えてしまい、思考回路が極限を迎えるのだ。

トップ・ギア走行中の自由度計測は、通常80-113km/hの中間加速を用いる。主に最高速がマクラーレンの半分のモデルを考えてのことだ。F1はこれをなんと3.7秒でやり遂げてしまう。テスト史上二番目に速いTVR・グリフィン500の出鼻をくじく、1.7秒という差をつけている。

エンジンの反応の良さ、自由度、馬力だけを取っても、マクラーレンのV12は、ワールド・ベスト・エンジンの座をフェラーリ512TRから奪うだろう。エンジン・サウンドについては、紛れもなく異論を唱えられるだろうが……。このエンジンは緻密で滑らかで、とりわけ静粛性は、ドライバーが望みうる全てを与えてくれるだろう。

6速で100km/hから踏み込むフル・スロットルは、映画 “ブリット” でマックイーンの駆るマスタングのあのサウンドを思い起こさせる。そこまでの音量に至ってはいないが、頭の中まで響くその快音は、騒がしくも素晴らしい瞬間である。ギアを4つ戻してもう一度踏み込むと、70年代初頭に耐久レースに出場したドライバーや、”栄光のル・マン” を見て育ったものなら、正真正銘のV12サウンドが放つカオスと凶暴性に身震いするだろう。これまで耳にした全てのロードカーと比べても、最も素晴らしい音色である。

F1のパフォーマンスに関して粗探しする余地があるなら、運転した何人かが、非常に切れのあるギアボックスに、いささかの不満を示している。それに、必然的にワイドな6速は別として、誰一人として、切り詰められたギアレシオに異論を唱えるものがいないのだ。しかし多くの人は、ギアの操作にもう少し重みがあり、すでにショート・ストロークではあるが、あとわずかに短ければ、F1のキャラクターにもっと相応しいと感じるだろう。

あるテスターは、車両価格を考えれば、シーケンシャル・ギアボックスが望ましいと言っている。一方で、シーケンシャル方式を採用しなかったことにより、莫大なトルクを利用して、ギアをスキップできるのが便利だと言うものもいる。

普段使いという観点では、リバース・ギアは用心しなければならず、何度か挑戦しないことにはシフトできないだろう。2速に一時的に入れてからシフトすると、少しは改善するようだ。

F1のスピードを押さえるという大仕事は、大径ベンチレーテッド・ディスクと、一体鋳造のフォーポット・キャリパーが受け持っている。これほどの制動力をとやかく言うつもりはないが、マクラーレンの最大の努力にもかかわらず、われわれはペダルからもっとフィーリングを得たいと感じた。強く踏みつけたときだけ、強い制動力を発揮する傾向がある。このためにハード・ブレーキングが必須となり、アシストがないF1のブレーキでは、ちょっとした減速でも普通のクルマの2倍は強く踏まなければならないのだ。

一方で、ブレーキング・フィールの向上と軽量化のために、パワーアシストとアンチロック・ブレーキ・システムを省いたことは賞賛する。しかし、このレベルのロードカーとしては、ただ省くだけよりも、搭載したうえで、何か新しいものを得られたのではないかとも考えるのだ。

乗り心地とハンドリング

マクラーレンのパンフレットには、最高級スーパーカーに望まれるすべてのものが大きく扱われている。4輪ダブル・ウィッシュボーン、アンチ・ロールバー、回転方向指定タイヤ、フロントは235/45サイズ、リアは315/45サイズ、グッドイヤーによる専用設計。こういった具合である。

しかし、細かい文字まで読み進めると、ずいぶん様子が異なってくる。左右のフロント・サスペンションを取り付けるサブフレームは、コンプライアンス・ブッシュを介してボディ・マウントされている。このブッシュは、軸方向に比べ放射方向に25倍固い設計となっており、縦方向にかなりのコンプライアンスを許容している。これは、ハンドリングにプラスとなる安定性を損なわずに、高い乗り心地を実現するのが狙いである。

リアについては、サスペンションのロアアームがギアボックスに取り付けられ、ギアボックス自体は弾性を確保してボディにマウントされている。サスペンションにかかる力は、エンジンとギアボックスが受けて車体へと伝わる。トラクション・コントロールは採用を見送られた。ラック・アンド・ピニオン式ステアリングは切れのある操舵性で、ロック・トゥ・ロックは、アシストがないにもかかわらず2.8回転というものだ。

F1のハンドリングを決定付けるもう一つの側面は、セントラル・ドライビング・ポジションである。前述のように、このレイアウトは他の部分に妥協を強いるものだが、動力性能に絞ると、クルマが左右対称というのは弱点にさえなるのだ。コーナーが左右どちらに曲がっていても、コーナーの頂点というのは運転席から相対距離が一定となる。このことを知ると、ドライバーは気負い立つのだ。そして、ホイール・リムを傷つけるとも考えずに、知らないうちに縁石まで数インチのところへF1の鼻先を向けてしまうのだ。

非常にコンパクトなこのクルマのサイズ(XJ220が巨大と感じてしまう)と、セントラル・ドライビング・ポジションによる良好な視界は、実に素晴らしい要素と言える。

“F1は走りだけでなく、ハンドリングもいい” と言ったら、誰だってこのクルマのシャシーに好意を抱くだろう。しかし、運転をした全ての人は開口一番、乗降性について話を始める。初めて乗り込むとき、いかにして乗り込んだか。そして、このクルマの価格や馬力をよそに、庶民である自分がどれだけハードな運転をしたか。

コーナーでは、固い足まわりであるにもかかわらずボディ・ロールが生じる。しかし、ドライバーはロール・センターのライン上に座るので、ほとんどそれを感じないのである。非常に重いうえ、都市部では好ましくないほどクイックなステアリングも、相応しい場所に行けば息を吹き返す。

低速コーナーだからといってグリップは無限ではない。このことによってドライバーは、安全な路面が続いているか判断でき、ステアリングにアンダーステアの気配を感じつつコーナーを攻めることができ、この1億円級スーパーカーを思うままにパワースライドさせストレートへ抜けることができるのだ。これでは300万円のスポーツカーの方が安全だと感じる人もいるだろう。

四つの要因が組み合わさって、こうした驚くべき状況を生んでいる。第一に考えられるのは、切れがあり、す通しにフィーリングが伝わるステアリングで、直進安定性とキックバックの除去を同時に実現した成功例である。二つ目は限界での挙動だ。トラクションを引き出したいなら、静止状態からわずかにスロットルを踏むだけで、マクラーレンの仕事が見事なものだと実感できるだろう。

また、強く踏み込めばテールは暴れだすが、右足の加減一つで修正することができ、ストレートへと急加速していけるのだ。

ドライ路面では、このシャシーに不満を覚えることはまったくない。ウェット・コンディションともなると、やはりテールが勢いよく振られてしまうが、ドライバーにその準備ができているなら、F1が無責任なふるまいをすることはない。

三番目と四番目の要素は、同様なハイエンド・モデルであるF40、ブガッティEB110、とりわけXJ220とは、マクラーレンF1の違いを鮮明にしている。他のモデルよりも多様な状況下で性能を発揮できるのは、ひとえにコンパクトな設計のためである。キーとなるのは、大排気量の自然吸気エンジンという構成である。排気量を抑えていてもターボ・モデルではこうはいかない。

それ故、スロットル操作への反応は素早いし安定している。ペダルを踏み込めば、望んだものが手に入るのだ。どんなに努力をしたところで、F1以外のモデルでは成し得ないことである。

高速カーブでは、公道走行時に正気の人間が望みうる唯一のものを実現している。確実なグリップだ。単に高速域で的確に曲がるという以上のことが実現されている。

すり鉢状のコーナーへ飛び込んだ場合、テールを左右に振って、途切れなくGフォースを発しながら走り抜ける。この一連の動作を、ドライバーがどんなに無茶をしようとも、F1は乱れる素振りもなくこなしてしまうのだ。そのグリップレベルときたら、サーキットでしか必要と思えないほど、強力なものである。

経験した中では、XJ220だけが英国の最もチャレンジングな道路でも、グリップとコントロール性がこうしたレベルに達していた。

F1の足まわりは固められているが、田舎道の起伏に対応できる縦方向のストロークがあって、乗り味は驚きのレベルだ。不整路面を物ともしない素晴らしいバランスと安定感が、ハンドリング評価の唯一の項目ならば、われわれはマクラーレンに星五つの満点を与えただろう。

しかし、高速道路では安定性が低下するように思え、評価を下げることとなった。とりわけアスファルトの表面がざらついている場合、わずかに挙動が神経質であった。それ以上悪化しないことはステアリングから伝わってくるのだが、3〜400キロも走った後では身に堪えるものだった。

ランニング・コスト

マクラーレンF1には、オクタン価98の無鉛ハイオク・ガソリンが90ℓ入るタンクがある。舗装の荒れた道でスロットルを煽る運転をするのか、穏やかに高速道路で6速巡航という運転なのか、ドライバーのタイプにもよるが、燃料消費率は3.2km/ℓから8.1km/ℓの間というところだ。

どちらのタイプの運転もわれわれは相当回数行ったが、テスト全体の燃料消費率としては、15.2km/ℓという記録だった。マクラーレンのパフォーマンスを引き出すテストだった割には、素晴らしい結果と言える。この記録は、エンジンの滑らかさ、車体の軽さ、そしてたった0.32というドラッグ係数の賜物である。

参考までに、われわれのツーリング・ルートでは8.3km/ℓを記録しており、これは燃料タンク一杯で720km以上走行できる計算となる。

考えてみて欲しい。いったいどんなクルマが、1億円に見合う価値を持っているというのか。技術水準が高く、カーボンやチタンを多用していればいいのか。製造に一年半という延べ労働時間を要するクルマならいいのか。シャシーやエンジン、ギアボックスだけでなく、CDプレーヤーやエアコン・ユニットまで、数多くのパーツが専用設計されていればいいのか。軽量、コンパクトという点で新基準を打ち立てればいいのか。そう、F1にはこのすべてが備わっているのだ。

このクルマの価値が、充実した装備にあるとはもちろん言わないが、レザーにしても、エアコンにしても、パワーウィンドウや電動ミラー・アジャスター、ラゲッジ・スペースにぴたりと収まるファコム社のチタン製ツール・キット、パッセンジャー・シートに載せられるゴルフバッグ、カー・カバーにマグネシウム・アロイホイールまで、一通りが揃っているのだ。

そして、こうしたすべてを合わせても、価格のほんの一部にしかならない。このクルマは、そういう次元では評価しきれないのだ。このクルマが誇る価値というのは、究極の動力性能なのである。

結論

マクラーレンF1は、今まで製造されてきたロードカーの中でも、並ぶもののない最高水準のドライビング・マシンである。今年1994年のル・マンに出場したほとんどのレーシングカーよりも、このクルマは優れたパフォーマンスを備えている。そんなことさえも、F1が誇るごまかしのない高性能を目にすれば、取るに足らないことに思えてくる。F1はドライバーを怯えさせるクルマではないのだ、世界観を変えてくれるクルマなのだ。

確かに公道走行ということなら性能を持て余してしまう。しかし、逆説的になるが、過剰なクルマであるからこそ、F1の存在を正当化できるのだ。

どれだけ多く運転しようとも、どれだけの技術を持ったドライバーでも、マクラーレンF1のハンドルを握る度に、未知の世界を味わうことができるだろう。

このクルマには、20年後でもきっと、オーナーが脱帽してしまうほどの能力が備わっている。

その頃には、安全に性能を引き出せる場所があるだろうし、才能の片鱗を味わえるチャンスがもっとあるだろう。しかし、依然としてF1は、他のクルマが最大限の力で走りるよりも、刺激的で魂を揺さぶるドライビングを与えてくれるのだろう。

われわれは、マクラーレンF1が、自動車の歴史における最も偉大なクルマであると人々の心に刻まれ、ミニやジャガーEタイプの登場に匹敵する傑作であると確信している。

目の前に輝くこのクルマは、恐らく世界で一番速いロードカーであり、技術と実践が歩み寄った歴史的な成果なのである。1億円を準備できるのかと問われれば、もしあるのなら躊躇せずオーダーすると答えよう。

マクラーレンF1

価格 £540,000(当時約1億円)
最高速度 391km/h
0-100km/h加速 3.2秒
燃費 5.3km/ℓ
CO2排出量 NA
乾燥重量 1138kg
エンジン V型12気筒6024cc
最高出力 627bhp/7400rpm
最大トルク 66.3kg-m/4000-7000rpm
ギアボックス 6速マニュアル

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