IL CAVALLINO NEL CUORE

2016.02.20〜05.22

text & photo:Kunioo Okada (岡田邦雄)、auto galleria LUCE

 

『フェラーリを愛した伝説のデザイナー、レオナルド・フィオラヴァンティ』

カロッツェリアという言葉はイタリア語で、自動車のボディのデザインと製作を行う工房を意味している。もともと貴族や王侯のための豪華な馬車を製作する工房からカロッツェリアの歴史は始まったが、19世紀末から実用化された自動車も、第1時世界大戦までは富裕層でなければ購入できない高価なもので、自動車メーカーはシャーシーを提供して、顧客はその上に自らの好みで、オープンの2座席スポーツカーや、豪華なリムジーンなどのボディを作らせた。そのボディ製作工房がカロッツェリア(フランスではカロシェ、イギリスではコーチワーカーと呼んだ)であった。

自動車は第一世界大戦、さらに1929年の世界大恐慌、そして第2次世界大戦という、おおきな社会構造の変動で、ごく一部の富裕層のための限定されたものから、大衆のための実用的な交通手段となっていた。そして自動車メーカーは自らの工場でボディまでも一貫して製作するようになり、さらにはシャーシーとボディが一体化したモノコック・ボディが自動車の標準となっていき、ボディの専門工房であるカロッツェリアの存在理由もなくなっていった。

ただイタリアでのみ、第2次世界大戦後もボディの専門工房であるカロッツェリアは生き延びた。ただし、ボディ工場としての存在意義はだんだんに薄れていき、ボディのデザインを請け負う会社としての役割を担うようになる。フィアット、アルファ・ロメオ、ランチアなどの主要メーカーもカロッツェリアにデザインを依頼することによって、彼らを経営的に成り立たせてきたわけだし、またフェラーリのような規模のちいさなスポーツカーのスペシャリストもカロッツェリアがあってこそ、裕福で目の肥えた顧客のメガネにかなう特別なクルマを提供することができた、という共存関係が成立していた。

ともあれ、イタリアにおいてのみカロッツェリアは存続した。1960年代をピークに、その前後の10年間が、イタリアのカロッツェリアの最盛期で、世界中の自動車のデザインに大きな影響を及ぼした時代だった。その期間にジョバンニ・ミケロッティ、フランコ・スカリオーネ、ジョルジェット・ジウジアーロ、マルチェロ・ガンディーニ、エルコーレ・スパーダら、天才と呼ばれたデザイナーたちが輩出したのである。彼らは世界各地のモーターショーで前衛的で美しいスポーツカーのデザインを発表したが、彼らは、ただエモーショナルに表面的なデザインをしているのではなかった。彼らの根底には、ダビンチやミケランジェロらルネサンスのユマニスムの伝統が脈々と流れ、彼らにとっては自動車も人間がその中心に乗るものであり、また内部のメカニズムと調和してこそ成り立つのが、ボディ・デザインであることが自明の理であった。それゆえにVW、BMW、プジョー、ルノー、シトロエンなども大衆のための量産車の革新的なデザインを彼らに委ねた。さらには日本やアメリカのメーカーにも、彼らがデザインした量産車は数多くある。

イタリアでのみ存続が可能だったカロッツェリアでも、リーダー的存在となったのがトリノのピニンファリーナであった。今回、名古屋のアウトガレリア・ルーチェの35回目となる企画展では、そのピニンファリーナにおいて、数々のフェラーリをデザインしたレオナルド・フィオラヴァンティの業績にスポットライトをあてた展示を行っている。

1938年1月31日に生まれたレオナルド・フィオラヴァンティは免許証を取得するとすぐにレースに参加をはじめ、またミラノ工科大学ではアントニオ・フェッシア(フィアットにおいては’30年代に初代500トポリーノを開発し、ランチアにおいては’60年代に前輪駆動のフルヴィアを開発した、史上名高い技術者)の指導のもとで、空力的な4人乗りセダンの研究で学位を取得した。

1963年に大学を卒業すると、彼の才能と情熱を見抜いたカロッツェリア・ピニンファリーナに迎えいれられた。250GTLMスペチアーレやディーノ206から308GT、288GTO、F40、テスタロッサまでのミッドシップのフェラーリ、そして365GTB/4デイトナや365GT4 2+2などフロント・エンジンのフェラーリのデザインも担当した。またプジョーやアルファ・ロメオ、キャディラック、ホンダのデザインにも携わってきた。ピニンファリーナに新しい空洞設備を導入したのも彼の提案である。

1988年にはピニンファリーナからフェラーリの副社長として移籍したが、エンツォの没後はフィアットのデザイン部門を経由の後、独立して自らのデザイン事務所を立ち上げ、エンツォ生誕100年を記念するF100およびF100rを発表した。またレクサスLFAのオリジナル・デザインもフィオラヴァンティによる。フェラーリ社にとって半世紀ぶりのビスポークのワンオフ、SP-1も彼の手によるものだ。

彼の創造するクルマたちは流麗であるが、それは工学や空力学に裏打ちされた技術と美的感覚が高い次元で調和した走る彫刻である。

アウトガレリア・ルーチェでは、レオナルド・フィオラヴァンティ自身の愛車であったフェラーリ308GTBや、フェラーリ288GTO、フェラーリ412、フェラーリ365GTB/4デイトナ、そして彼がピニンファリーナから独立後のデザインであるフィオラヴァンティF100r(モックアップ)とフェラーリ社として久々のワンオフのビスポーク・モデルであるSP1などが展示されている。このフィアラヴァンティ展は約3か月の会期があり、これだけの車両が日本で一堂に揃うことは今後ないと思われるだけに、興味を持たれた方はぜひ足を運ぶことをお勧めしたい。

また、3月13日にはレオナルド・フィオラヴァンティ氏を招聘して、名古屋・ノリタケの森を会場にして、フィオラヴァンティに由縁のあるクルマたちが60台も参加する、コンコルソ・デレガンツァも開催される。

展示会情報

IL CAVALLINO NEL CUORE
フェラーリを愛した伝説のデザイナー、レオナルド・フィオラヴァンティ展

開催期間:2月20日〜5月22日
開催日時:水曜日〜日曜日:12:00〜18:00、月火休館、ただし祭日は開館
開催場所: Auto galleria Luce 名古屋市名東区極楽1-5 TEL:052-705-6789
ホームページ:http://www.luce-nagoya.jp

  • フェラーリ久々のワンオフ・モデルであるSP1もフィオラヴァンティの手によりデザインされた。

  • フェラーリSP1の製作に先駆けて描かれた貴重なレンダリングは、今回の企画展で見ることができる。

  • 完成した原寸大のモックアップを確認した際に、オーナーの平松氏と共に写真に収まるフィオラヴァンティ氏。

  • フェラーリSP1は2010年にアメリカのコンコルソ・イタリアーノでワールド・ロウンチが行われた。

  • フィオラヴァンティが手掛けたフェラーリ308GTBとBBの最初のスケッチ。市販車に較べ純粋なスタイルを持つ。

  • フェラーリ250LMスペチアーレとスタディモデルのフェラーリP5のスケッチも会場に展示されている。

  • 今回の企画展の白眉といえるのは、フィオラヴァンティF100rが、モックアップながら日本にやってきたことだ。

  • 端正にまとめられたロードスターの”F100r”は、デザイン・コンセプトを見事に表現した傑作と言える。

  • F100rのインテリアは革新的なデザインでまとめられている。現在の目で見ても旧さを感じさせない。

  • フェラーリ社に提出した458のデザイン検討用1/5スケールのモックアップが、許可を得て会場に展示されている。

  • フィオラヴァンティ氏は、365GTB/4デイトナなどフロント・エンジンのフェラーリのデザインも担当した。

  • 今回の企画展を見ればフィオラヴァンティ氏の足跡が理解できよう。5月22日まで開催されているので是非!

  • 今回のもうひとつの主役といえるのが、かつてフィオラヴァンティ氏が新車から長らく所有していた308GTBだ。

  • 幻のグループBホモロゲート用に送り出された288GTOは、競技用とは思えぬ美しいデザインを備える。

  • 端正なスタイリングを備える365GT4 2+2から400/412系のデザインも、フィオラヴァンティ氏が手掛けた一台。

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