伝説のジャガーEタイプ、CUT ディック・プロザーローの生涯

公開 : 2019.06.08 07:50

ジャガーのレース史の1ページを築いたディック・プロザーローの生涯は、数台のレーシングEタイプを手に入れる前から輝かしいものでした。モータースポーツ界で最も有名なナンバープレートのひとつであるCUT7およびCUT8を巡る物語をお伝えしましょう。

もくじ

2台のジャガーEタイプ
失明後もパイロットを続ける
Eタイプもレースで活躍
レース後の分析がカギ
活躍できなかったCUT7
ワンオフ車で好成績
フェラーリで事故死
ジャガーのレース史の1ページに

2台のジャガーEタイプ

昨年のグッドウッド・リバイバルで開催されたTTセレブレーションレースを見た人の中には、ブルーのラインの入った暗いメタリックグレーにペイントされたEタイプのフィックスドヘッドクーペが1台でなく2台あったことをいぶかしく思った人もいるだろう。

ナンバープレートは、CUTの文字の後に1台は7、もう1台は8が記されていた。この2台のEタイプこそ、ディック・プロザーローことエルマー・リチャード・プロザーローという名の注目すべき人物と深い関係を持つマシンだ。しかし、実はこの2台は、プロザーローの人生で関ったEタイプの半分に過ぎない。

レスターシャーのハスバンズ・ボスワースにあった自動車修理工場の伝説的カリスマ的オーナー、プロザーローの人生には、計4台のEタイプが関わっていたのだ。グッドウッドに展示され、この記事でも採り上げた2台は、その4台のうち最初の1台と最後の1台である。

プロザーローは、ジャガーEタイプが発表される以前に、サーキットでも航空機の世界でも人が羨むような実績をすでに収めていた。プロザーローは1922年に生まれ、第二次大戦の勃発と同時に英国空軍に入隊した。そして、戦時中は爆撃機のウェリントンやランカスターのパイロットとして名を馳せた。その勇気と不屈の精神を讃えられ、空軍殊勲十字章を授与された実績もある。戦後になると英国海外航空協会を支援する嚮導飛行隊第7小隊の任務を遂行し、ベルリン大空輸にも参加している。

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