【小柄で元気なイタリアン】ロンバルディ・グランプリ ベースはフィアット850  前編

公開 : 2021.04.10 07:05

小さなボディにフィアット850のエンジンを載せた、ロンバルディ・グランプリ。シャープなデザインで、派生バージョンが複数作られました。貴重な1台をご紹介しましょう。

もくじ

フィアット850がベースの小さなクーペ
エースパイロットだった創業者
ジャンニー二やアバルトも独自仕様を販売
北米仕様やタルガルーフ・ボディも誕生

フィアット850がベースの小さなクーペ

text:Richard Heseltine(リチャード・ヘーゼルタイン)
photo:Olgun Kordal(オルガン・コーダル)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
穴があったら入りたい。そう感じる恥ずかしさとは、どの程度のものだろう。ロンバルディ・グランプリを運転すると、そんな気持ちを少しだけ体験できるかもしれない。

優雅に小さなロンバルディ・グランプリから降りることは、簡単ではない。猫のように柔軟な身体を持っている必要がある。腕と足が交差するような勢いで、身体を丸めなけば難しい。

ロンバルディ・グランプリ・シリーズ2(アバルト・ジャンニーニ・フィアット・グランプリ/1971年)
ロンバルディ・グランプリ・シリーズ2(アバルト・ジャンニーニ・フィアット・グランプリ/1971年)

うっかりすると、地面に両手をついてしまう。普通に乗り降りできないのだから、乗用車とはいいにくいだろう。

そんな欠点を備えているグランプリだが、実際はその恥ずかしさを忘れるくらい、良いクルマだったりする。その欠点が、素晴らしさを構成する要素の1つにもなっている。

写真を見ただけでは、スケール感が湧かないだろう。大きくも見えるし、小さくも見える。1960年代後半に誕生したイタリアン・エキゾチックにも見えなくはない。でもベース車両は、全長3575mmしかなかったフィアット850スペシャルだ。

ロンバルディ・グランプリは、イタリアに生まれた小さなスポーツカー。アイデンティティの所在に悩むモデルでもある。様々なバリエーションが派生し、名前も4種類か5種類が付けられた。

搭載されていたエンジンも複数あり、様々なチューニングが施された。英国市場向けには、イタリア製エンジン以外を搭載することも可能だった。後にオーナーによって、エンジンが載せ替えられた例もある。

これが正しいロンバルディ・グランプリだと、特定することが難しい。

エースパイロットだった創業者

聞き慣れない名前のフランシス・ロンバルディ社は、数多くのクルマを手掛けたイタリアのコーチビルダー。ランチアをベースとしたスポーツカーから、フィアットがベースのウッディ・ワゴン、豪華なトレッチ・リムジンまで、作品は幅広い。

カロッツェリアとして事業を始めたのは1947年。創業者のカルロ・フランシスコ「フランシス」・ロンバルディは、第一次世界大戦ではエース級の戦闘機乗りとして名声を集めた人物だった。

ロンバルディ・グランプリ・シリーズ2(アバルト・ジャンニーニ・フィアット・グランプリ/1971年)
ロンバルディ・グランプリ・シリーズ2(アバルト・ジャンニーニ・フィアット・グランプリ/1971年)

1934年にはイタリア・ローマからソマリアのモガディシュまで長距離飛行に成功し、記録も残している。1938年、自身の経験を活かし単葉機のアヴィアFL.3を設計。後にロンバルディの名前で製造された。

しかし第二次大戦を経て、荒廃したイタリアでは航空産業が停滞。ロンバルディはコーチビルダーとして方向転換を図ると、政府からの依頼を受け業績を伸ばす。勢いづいた彼は、1968年のジュネーブ・モーターショーでグランプリの発表に至った。

ボディのデザインを誰が手掛けたのかは、はっきりわかっていない。一部ではフィアット127を手掛けたピオ・マンズーだといわれている。

またフランシス・ロンバルディ社に勤めていた、デザイナーのジュゼッペ・リナルディだったという説もある。1967年の日付の入った彼のスケッチに、ドリームと記された1枚がある。確かにロンバルディ・グランプリとよく似ている。

ボディはスチール製で、ドアとエンジンカバーは当初グラスファイバー製だったが、後にスチールで作られた。その下に隠れていたのは、フィアット850そのものだ。

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