【幻のセレニッシマ】3Lプロトがオークションに 億超えの落札も、伸び悩んだワケは? アールキュリアル・レトロモビル・セール

公開 : 2020.03.06 18:25  更新 : 2021.10.11 09:29

幻のセレニッシマ。その最後を飾った3Lプロトタイプ「MK168」が、競売に。理想を追い求めた孤高のマシンは、意外な額で落札されたのです。

昨年は5億円超え 今年は?

text:Kazuhide Ueno(上野和秀)
photo:ARTCURIAL

昨2019年の仏オークション「アールキュリアル・レトロモビル・セール」には3台のセレニッシマが出品され、世界中のエンスージァストから大きな注目を集めた。

なかでもセレニッシマ・スパイダーは1966年のル・マン24時間レースを終えたそのままの姿で保存されていたことから、5億2735万円で落札され話題となった。

フラットなボディサイドがマクラーレンM8Aの面影を感じさせる。耐久レースに参加することを考慮し4灯を装備。
フラットなボディサイドがマクラーレンM8Aの面影を感じさせる。耐久レースに参加することを考慮し4灯を装備。

イタリアの有力なプライベート・レーシング・チームとして1960年代初頭に活躍したのが、ジョヴァンニ・ヴォルピ伯爵が設立した「スクーデリア・セレニッシマ」だ。

イタリア国旗の中央に地元ベネツィアを象徴する「有翼の獅子/Leone di Venezia」を配したチーム・ロゴを掲げたフェラーリ250GTブレッドバンや250TR61で活躍してきた。

しかし1961年に勃発したフェラーリ社内のクーデターの際に、ヴォルピ伯爵は反体勢力側を支援したことからエンツォ・フェラーリの逆鱗に触れ、マシンの販売を拒否されてしまう。

そこで自らマシンを製作すべく、クーデターでフェラーリを離れたエンジニア達に協力を仰いで立ち上げられたコンストラクターなのである。

最後のマシン MK 168

今年のオークションに姿を見せたのは、セレニッシマにとって最後のマシンとなるスポーツ・プロトタイプのMK 168だった。

当時、マクラーレンのF1マシンにマッシミーノが開発したセレニッシマ90°V8 OHC 3.0Lエンジンを供給していた関係から、カンナム用プロトタイプ・マシンのシャシーの提供を受けることができた。

フェラーリで活躍したアルベルト・マッシミーノが開発したセレニッシマ自製の90°V8 OHC 3.0Lエンジン。MK 168にはヘッドを3バルブ化して搭載された。
フェラーリで活躍したアルベルト・マッシミーノが開発したセレニッシマ自製の90°V8 OHC 3.0Lエンジン。MK 168にはヘッドを3バルブ化して搭載された。

そこに358/V系で使用したV8ユニットを3Lにスケールダウンし、ミドに搭載。そのためセレニッシマ・マクラーレンと呼ばれることもある

1967年にMK 168がデビューした時は、フェラーリP2/3にも似た60年代を感じさせる丸味を帯びたスタイリングで、ボディはFRPとアルミ製だった。

その後1969年シーズンに向けて直線基調のマクラーレンM8Aに似るウェッジ・シェイプにモディファイされたが、その姿は美しいものとは言えなかった。なお製作に際しては以前より協力関係にあったドロゴがサポートしている。

モディファイ後の姿で出品

デビュー戦となった1968年のコッパ・ディ・エンナ・ペルグーサでは、後年フェラーリ312Tをドライブするジョナサン・ウイリアムが乗り、ジョー・シフェールが駆るポルシェ910に次ぐ2位でフィニッシュ。幸先の良いスタートを切った。

この後もプレイシ・フォン・チロルでは、2L超プロトタイプ・クラスの優勝を果たし、1969年のドナウポカール・ザルツブルクで3位に入るなど、地元イタリア、オーストリア、ドイツのスポーツカーレースやヒルクライムで活躍した。

レギュレーション対応のパッセンジャーシートはあくまでも備わるだけ。時代を感じさせる簡潔な装備だ。左サイドシルに置かれているのはディノプレックス・イグナイターのアンプ部分。
レギュレーション対応のパッセンジャーシートはあくまでも備わるだけ。時代を感じさせる簡潔な装備だ。左サイドシルに置かれているのはディノプレックス・イグナイターのアンプ部分。

今年のアールキュリアル・レトロモビル・セールに現れたセレニッシマ MK 168は、1969年シーズン用のウェッジ・シェイプにモディファイされたタイプのボディをまとう。

エンジンはセレニッシマ製の3バルブ・ユニットが完璧な状態に保たれており、即レース可能なコンディションと謳われていた。

現在は様々なクラシック・スポーツカー・レースが開催され、セレニッシマにとって当時準備が整わず参加できなかったル・マンにも参加できるため、レアモデルを所有する歓びとレースを走る楽しみを兼ね備えたマシンだけに、高額での落札が期待された。

記事に関わった人々

  • 上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。

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