【専用エンジンに専用ボディ】フィアット130 クーペ 英国版クラシック・ガイド 前編

公開 : 2021.10.30 07:05

1970年代のフィアットを象徴するような、美しいボディの130 クーペ。上物を発見できれば、手の施しがいがあるクラシックだと英国編集部は評価します。

専用のエンジンとボディ、インテリア

執筆:Malcolm Mckay(マルコム・マッケイ)
撮影:James Mann(ジェームズ・マン)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
スタイリングを手掛けたのは、イタリア・トリノ出身のカーデザイナー、パオロ・マルティン氏。プジョー104でも知られる彼の作品の中で、フィアット130 クーペは最も印象的な1台といえる。製造を請け負ったのも、ピニンファリーナ社だった。

1970年代らしいシャープでアグレッシブな容姿は、多くの視線を釘付けにする。インテリアも130 クーペの専用。シートやダッシュボード、ドアトリム、センターコンソールなど、すべてがボディと呼応するように造形し直されている。

フィアット130 クーペ(1971〜1977年/欧州仕様)
フィアット130 クーペ(1971〜1977年/欧州仕様)

クルーズコントロールのような役目を果たすハンドスロットルと呼ばれる機能や、ジャガーXJ-Sも真似た特徴的なハンドブレーキレバー、ダッシュボード上部に隠されたグローブボックスなど、ディテールにもこだわりが沢山。

ボンネットの内側に搭載されたのは、130 クーペのためにアウレリオ・ランプレディ氏が設計したオーバースクエアの3.2L V6エンジン。トランスミッションはボルグワーナー社製の3速ATが標準で、動力性能をいかんなく発揮した。

腕利きのドライバー向けに、ZF社製の5速MTも選ぶことができた。フロントとリアのサスペンションはサルーンと共有ながら、乗り心地と操縦性のバランスを引き上げるためにチューニングを受けている。

部品の入手は困難で、出てきても高価

新車当時、英国に輸入されたフィアット130 クーペは130台にも満たない。そのため、右ハンドル車は非常に少なく、MTはさらにレア。ボディは錆びやすく、中古車価格は伸びず、1980年代以降はスクラップヤード行きになった例も多い。

130 クーペの生存割合は25%程度。その内の30%がマニュアル車だという。

フィアット130 クーペ(1971〜1977年/欧州仕様)
フィアット130 クーペ(1971〜1977年/欧州仕様)

近年公道で見られる130 クーペの多くは、乾燥した気候で乗られていたクルマがほとんど。今回ご紹介する1台も、元はイタリアで登録されていた。

当時の試乗レポートでは、燃費の悪さとスポンジーなブレーキペダルのタッチを指摘している。だが130 クーペには当時最先端といえた、2系統式のベンチレーテッド・ディスクが奢られている。強化ホースへの交換で大幅に改善できる。

130 クーペの部品は、入手が難しいものも多い。特に世界で最もワイドだといわれたヘッドライトは事実上入手が不可能。最近出てきた新品は、片側で1600ポンド(24万円)で取引されたという。

テールライト・ユニットは、少し良心的な800ポンド(12万円)。シングルカムのV6エンジンも130 クーペでしか使われておらず、部品は見つけにくい。部品探しはインターネットを駆使し、世界中を検索することになるだろう。時間をかけて。

フィアット130 クーペは、高い価格の割に動力性能が伴わないという点で、新車当時は評価を下げていた。しかしドライビングポジションの調整幅も広く、視認性も良好。気張らなければ、素晴らしく優雅な走りを味わえるクラシックだ。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マルコム・マッケイ

    Malcolm Mckay

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジェームズ・マン

    James Mann

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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