【ブランド末期の名作】アルヴィスTC21/100 サルーンとドロップヘッド・クーペ 前編

公開 : 2021.04.04 07:05

アルヴィス3リッター・シリーズの1台、麗しいTC21/100。当時160km/hを越える性能を誇ったスポーツサルーンとドロップヘッド・クーペをご紹介しましょう。

もくじ

コンパクトなボディにフォーマルな雰囲気
戦前の12/70サルーンが由来
ニーズが高かったアルヴィスの新モデル
優れたシャシーで最高速度は160km/h

コンパクトなボディにフォーマルな雰囲気

text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
1950年代初頭までは、自家用車の生産で名を馳せていたアルヴィス社。混迷する戦後経済の中で、ブランドに待ち受けている未来像を予想できた経営陣も、少なからず存在していたのだろう。

アルヴィス独自として最後の新モデルとなった、3リッターのTA21が姿を見せたのは1950年。ローバー社に買収されるまでに、純粋なエンジニアリング会社への道を進み始めていた。

ダークブルーのアルヴィス3リッター TC21/100 スポーツサルーンとグリーンのドロップヘッド・クーペ
ダークブルーのアルヴィス3リッター TC21/100 スポーツサルーンとグリーンのドロップヘッド・クーペ

コンパクトなボディに、フォーマルな雰囲気を漂わせるTA21。アルヴィス・スピード25や4.3といった個性の強いモデルの中では、さほど強い存在感を持つことはなかった。だが戦前からの顧客が、戦後のアルヴィスに期待していたクルマでもあった。

速く燃費も程々で、操縦性も良好。スポーティで洗練され、バランスの取れたモデルに仕上がっていた。伝統的なスタイリングで、サルーンとドロップヘッド・クーペのボディタイプが選べた。

プレステージカーは大きくあるべきだ、という考えが今より強かった時代。快適性を保つには充分な大きさでありつつ、都市部での扱いに手を焼いたり郊外の道で気をもむほどは大きすぎず、重すぎることもなかった。

張り出したフェンダーや垂直に切り立ったフロントガラスは、1950年代でも時代遅れの処理ではある。現代的なデザインが普及し始める中で、クラシカルなアルヴィスのスタイリングに安心感を抱いた富裕層は多かったのかもしれない。

戦前の12/70サルーンが由来

リアヒンジのスーイサイド・ドアと、切り立ったフロントグリルを備える4ドアボディは、英国バーミンガムのコーチビルダー、マリナー社によるもの。1950年代なら、1940年代にコベントリーが生み出したモデルに見えなくもなかった。

TA21のベースは、1937年の12/70サルーンが由来。戦後にTA14となる、前モデルに当たる。オープントップ・モデルも選択でき、少なくないドライバーから支持を集めた。

アルヴィス3リッター TC21/100 スポーツサルーン(1953-1955年)
アルヴィス3リッター TC21/100 スポーツサルーン(1953-1955年)

1940年代末には、こちらも戦前のモデルが起源となるTB14が登場。似たような背景を持つ3リッター・シリーズのTA21も、1950年代後半に登場予定だった近代的な量産モデルまでをつなぐ、中継ぎ程度役に見られていた。

ところがアレック・イシゴニスが設計を進めていた新しいV8サルーンは、1955年に計画が中断。伝説のモデルとして封印され、アルヴィス社の自動車メーカーとしての未来は絶たれてしまう。

英国政府との契約により、6輪軍用車のスチュワートや、レオニデスと呼ばれた9気筒の星型エンジンの生産へアルヴィスは注力。自動車にまわす余力は残っていなかった。控えめなTA21を少量を生産するという判断は、正しかったのかもしれない。

当時の多くの少量生産モデルと同様に、アルヴィス社が抱えていた問題はボディの供給。マリナー社やティックフォード社など、コーチビルダーとの契約にかかっていた。だが各社の独立性は失われつつあり、アルヴィスへの供給は難しくなっていた。

今回ご紹介する、TC21/100が1955年に生産を終えた最大の理由だ。それを最後に、乗用車の生産ラインは静まり返ってしまった。

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