自転車だけじゃなかった ビアンキ40HP 1907年生まれのイタリアン 前編

公開 : 2022.03.27 07:05

イタリア生まれのチェーンドライブ・ビンテージ。極めて貴重な115歳のスポーツカーを、英国編集部がご紹介します。 

ビアンキは自転車だけではない

いまビアンキと聞いて思い浮かぶのは、ピスタチオ・カラーの自転車だと思う。古いモータースポーツに詳しい読者なら、タツィオ・ヌヴォラーリ氏やエルネスト・ブランビラ氏が駆った、同じグリーンのバイクかもしれないが。

ミラノで1885年に創業したビアンキは、商用車やフィアットの兄弟モデルなどを製造していた過去がある。第一次世界大戦前には、イタリア車として最高のモデル開発にも取り組んでいた。ちなみに自動車部門は、アウトビアンキとして後に独立している。

 ビアンキ40HP(1907年/英国仕様)
ビアンキ40HP(1907年/英国仕様)

その代表例といえるのが、ビアンキ40HP。イングランドのある家族は、20世紀初頭に作られたビンテージを大切に乗り継いでいる。

欧州各地の都市を巡るラリー・イベントや、グッドウッド・サーキットでのクラシックカー・レース、英国西部のオフロードコースに、ピーターとルークのロバーツ親子はビアンキで挑んでいる。100歳を超えた車齢に臆することなく。

イタリアの自動車史にとって重要な1台といえるビアンキ40HPだが、極めて希少で、その歴史を知る人は少ない。1907年に製造されたシャシー番号389のこのクルマについても、不明なことが多いようだ。

1960年代に英国南部のサウサンプトン付近に開設された、私設博物館の所蔵品だったことが、現在わかっている最も古い過去。その後、1968年にアイルランドのコレクター、ジム・ボーランド氏がオーナーになった。

北京-パリ間のラリーを完走した経験も

博物館のキューレーターから450ポンドで購入したボーランドだが、動力性能には落胆したようだ。アイルランドまで運ぶ途中、ウェールズ地方のフェリー港まで約400kmを自走させるが、50km/hも出ずに苦労したという。

それでも印象的な佇まいのビアンキは、コレクターの気持ちを強く掴んだらしい。途中、オランダ人が購入しているが、現オーナーのロバーツ親子が入手したのは、それから46年後のことだった。

 ビアンキ40HP(1907年/英国仕様)
ビアンキ40HP(1907年/英国仕様)

親子は、吹けの悪いエグゾーストに小さなソレックス・キャブレター、圧縮比が一定ではないピストンなど、充分に力が発揮できていない原因を究明した。ボーランドが、遅さに悩んでも不思議ではなかった。

父のピーター・ロバーツ氏は、自身の目的に適ったクルマだけを購入する、熱心な自動車ファン。オースチン・ヒーレー100などで、冒険的なラリーイベントへ積極的に参加してきた。

過去には友人のコリン・ビーズリー氏と一緒に、フランス製のドラージュD6というクラシックに乗り、北京-パリ間のラリーを完走している。そのオセアニア大陸横断レースでは、第一次世界大戦前のモンスター級マシンに感動したそうだ。

1903年製のメルセデス60HPや、1907年製のイターラなど、そうそうたるマシンとともに闘ったピーターが回想する。「モンゴル砂漠で20世紀初頭のマシンを追走した体験は、忘れがたいものです。自分もその年代のクルマが欲しいと、強く思いました」

記事に関わった人々

  • 執筆

    ミック・ウォルシュ

    Mick Walsh

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

自転車だけじゃなかった ビアンキ40HP 1907年生まれのイタリアンの前後関係

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