【トリノの上級志向】フィアット2300Sとフィアット・ディーノ V6はフェラーリ製 前編

公開 : 2021.09.12 07:05  更新 : 2021.09.13 07:39

イタリア市民のクルマ、フィアット。上級クーペの魅力を幅広く伝えるべく生み出された、ディーノと2300Sという希少モデルを英国編集部がご紹介します。

麗しいリビエラを想起させるクーペ

執筆:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
撮影:Max Edleston(マックス・エドレストン)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
1960年代の華やかなイタリア映画、「追い越し野郎」や「太陽が知っている」。麗しいリビエラでの暮らしを描いた映像作品を再現したような、2つのモデルが同時期に存在していた。フィアット2300Sクーペとディーノ2000クーペだ。

これに乗れば、地中海に降り注ぐ太陽を疑似体験できそうだ。何をするでもなく、ゆったりと午後を過ごすのがイイ。助手席にはスリークな美女が一緒なら、完璧だろう。

シルバーのフィアット2300Sクーペとブルーのディーノ2000クーペ
シルバーのフィアット2300Sクーペとブルーのディーノ2000クーペ

そんな夢想は別として、妖艶なグランドツアラーはアペニン山脈を爽快に駆けるために生み出された。市民的なブランドから。

イタリアを代表するカロッツエリア、ギア社が描き出した2300Sと、ベルトーネ社が手掛けたディーノ2000。フラッグシップ・モデルなだけでなく、1960年代のフィアットの野心も表現していたといえる。

第二次大戦で荒廃したイタリアの奇跡的な経済復興を支えた、欧州最大の自動車メーカーだったフィアット。国内のものづくり産業を独占するような規模で、冷蔵庫からジェットエンジンまで幅広く手掛けていた。美しいクーペも。

マラネロの作品に並ぶ容姿をたたえているが、フェラーリではないためか、2台を2021年に記憶している人は多くないだろう。だが実は、フィアット・ディーノにはエンツォ・フェラーリが少なからず関わっている。

フォーミュラ2マシンに向けて、4カム1.5L V6エンジンのホモロゲーション取得を考えていた当時のエンツォ。限定的な規模で実現する方法は、フィアットへ搭載モデルを設計してもらい、ユニットを量産することだった。

フェラーリ製の2.0Lエンジン

そして2種類のクルマが作られる。最初に発売されたのは、1966年のディーノ2000スパイダー。ピニンファリーナによる美しい容姿から、500台という必要な台数は時間をかけずに売れた。

続く1967年に登場したのが、ホイールベースを伸ばした2+2のクーペだ。デザインはベルトーネに在籍していたジョルジェット・ジウジアーロ。1963年に取り掛かったが、最終的に仕上げたのはベルトーネを後継したマルチェロ・ガンディーニだった。

フィアット・ディーノ2000クーペ(1967〜1969年/欧州仕様)
フィアット・ディーノ2000クーペ(1967〜1969年/欧州仕様)

ディーノの2.0Lエンジンには、1.5Lや1.6Lのレーシングユニットと同じ合金製のクランクが用いられている。だが、重いクルマを充分に走らせるうえで、排気量は2000ccが妥当だと判断された。

エンジンの基本設計は、ヴィットリオ・ヤーノとフランコ・ロッキという2人の腕利き技術者。それを、フェラーリでエンジニアを務めていたアウレリオ・ランパルディの指揮でボアアップし、扱いやすさを高めている。

着想から2年でディーノ・スパイダーとクーペを量産するべく、フィアットは巧妙に策を練った。シャシー構造は124スパイダーをベースとし、フロント・サスペンションは125譲り。リーフスプリングとリジッドアスクル、4ダンパーのリア側も同様だった。

ディーノには、ボルグワーナー社製のLSDが組まれている点が特長だろう。

1968年までの2000クーペの生産台数は3670台。やや値段の張ったスパイダーより多く売れている。1969年以降はエンジンが2.4Lへ拡大され、130譲りのリア・サスペンションを獲得。フィアット2400として、1973年まで生産が続いた。

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