【伝説のミウラがアルプスへ】ランボルギーニ・ミウラP400 ミニミニ大作戦 前編

2020.02.16

オドメーターはつながずに走った

「それから、クルマをナンバー登録します。これまでのキャリアで6000台から7000台ほどは登録してきたと思います」

「ある時、パラマウント・ピクチャーズのプロデューサーが、サンタアガータまでやって来ました。1968年の3月か4月頃です。クラッシュシーン用のクルマが欲しいというので、サービス部門に行ってもらいました。事故にあった、シャシープレートも外れたミウラが置いてありました」

ランボルギーニ・ミウラP400
ランボルギーニ・ミウラP400

「エンジンは取り出されていました。元のオーナーは、同じシャシー番号とエンジンで、もう1台ミウラをオーダーしていたんです。輸入関税を逃れるために」

「撮影は1968年6月にスタート。クラッシュするクルマと同じ、走れるもう1台が必要でした。ピッタリのクルマがたまたま生産ラインにあり、色も一緒でした。ランボルギーニではロッソ(赤)と呼んでいますが、実際はオレンジ色です」

「フェルッチオ・ランボルギーニは赤色をラインナップに加えたかったのです。でも、フェラーリのロッソとは、違う色味である必要がありますからね」

「クルマが製造ラインを出ると、テストドライバーが100kmほどを試走。仮ナンバーを付けると、ボローニャから峠の麓町、アオスタまで400kmほどを走りました。ミウラは、撮影後に新車として顧客に届けるので、慎重に運転しました」

「撮影で走行距離が伸びてしまうので、オドメーターはつないでいませんでした。映画の中で、スピードメーターの針が動いていない理由です」 撮影後の映像を見ると、カメラを載せる分厚い板や固定ロープ、チェーンなどでボディに傷がつかなかったことに驚く。

続きは後編にて。

 
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