40台が『ジャガー・ミーティング』に集結! クラブ創立55周年記念イベントが北軽井沢で開催 圧倒的な存在感を放つ【画像200枚】

公開 : 2026.10.24 11:45

10月17日~18日に北軽井沢で、『ジャガー・ミーティング』が開催されました。こちらは『ジャガーカークラブ』創立55周年記念イベントとして実施されたもので、40台がエントリーしています。高桑秀典のレポートです。

1971年にジャガークラブが発足

木々が色づき始め、すっかり秋の気配を感じられるようになった北軽井沢を舞台として、去る10月17日~18日に『ジャガー・ミーティング』が開催された。

このミーティングは『ジャガーカークラブ』創立55周年記念イベントとして実施されたものだが、同クラブの催しといえば、グランドプリンスホテル高輪の敷地内に保存されている貴賓館を会場とした、創立50周年祝賀会が記憶に新しい。

10月17日~18日にジャガークラブが開催した『ジャガー・ミーティング』。ジャガー&デイムラー・オーナーズクラブ・オブ・ジャパンの協力もあった。
10月17日~18日にジャガークラブが開催した『ジャガー・ミーティング』。ジャガー&デイムラー・オーナーズクラブ・オブ・ジャパンの協力もあった。    高桑秀典

同クラブが発足したのは1971年のことで、現在のクラブ会員数は50名強。英国が生んだ名車ジャガーを愛し、その価値を世間に知らしめ、保存していくことを活動目的としている。

1973年に就任した初代会長は、ダットサン・セダンやトヨタ・パブリカスポーツなどをデザインしたことで知られる工業デザイナーの佐藤章蔵氏で、その後、2代目会長の田村行氏が40年にわたってクラブを牽引した。

そして創立50周年祝賀会の際にXKシリーズの研究家である佐藤義信氏とバトンタッチし、現在も積極的にクラブを切り盛りしている。

佐藤会長にお話を伺ったら御年85歳で、25歳の時からXKに乗っているので、もう60年も接しているとのことだった。今回のジャガー・ミーティングで披露したのは、そんな佐藤会長が30歳の時に購入したという1952年式のXK120であった。

優雅な走行シーンとエレガントなスタイルを披露

1泊2日のイベントとなった今回のジャガー・ミーティングは、まず、関越自動車道の下り線にある高坂サービスエリアに集合。そこからランチ会場として設定された、北軽井沢の地粉そば処まで一気に走破した。

各自、思い思いのペースでジャガーを走らせたが、マイカーで同行していた筆者も時おり遭遇する機会があり、優雅な走行シーンを楽しめた。

PC競技(線踏み競技)は本来タイヤで線を踏むが、今回は足を活用。1/100秒で計測した。
PC競技(線踏み競技)は本来タイヤで線を踏むが、今回は足を活用。1/100秒で計測した。    高桑秀典

地粉そば処の駐車スペースでもエレガントなスタイルを披露したジャガーたちは、ランチ後にメインのイベント会場となる北軽井沢のマウンテンリゾートに移動。浅間山の裾野に広がる当施設のパーキングスペースに、歴代ジャガーが車種毎に並べられた。

参集した歴代ジャガーの車名を列記すると、SS100、XK120、XK140、Eタイプ、Mk2、XJS、XJ、Fタイプ、デイムラー・クーペ、デイムラー・ダブルシックス、XJ13、Cタイプ、Dタイプといったラインナップで、上品さやレーシーさを存分に味わうことができた。

パーキングスペースの一角で記念ベストが販売されたこともあり、イベントの開始直後から盛り上がった。最もヒートアップしたのは足で踏むPC競技(決められた区間を設定された秒数で正確に走破することを競う計測競技)が実施されたタイミングで、豪華な賞品をかけての真剣勝負が繰り広げられた。

主催者が設定した秒数は日帰り組が往路8秒/復路7秒、宿泊組が往路/復路とも8秒であった。そしてPC競技の日帰り参加者の表彰が終わった後、初日のイベントは散会となった。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    高桑秀典

    Hidenori Takakuwa

    1971年生まれ。デジタルカメラの性能が著しく向上したことにより、自ら写真まで撮影するようになったが、本業はフリーランスのライター兼エディター。ミニチュアカーと旧車に深い愛情を注いでおり、1974年式アルファ・ロメオGT1600ジュニアを1998年から愛用中(ボディカラーは水色)。2児の父。往年の日産車も大好きなので、長男の名は「国光」。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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