最上級にエレガントなジャガーXJ-S リンクス・イベンター(1) シューティングブレークの魅力に迫る

公開 : 2026.06.06 17:45

ジャガーXJ-Sがベースのシューティングブレーク、イベンター。レーシングチーム、TWRの手で385ps化された唯一の車両が存在します。リンクス元取締役の逸話とともに、UK編集部が魅力へ迫ります。

恐らく最上級にエレガントなXJ-S

往年のビッグ・ジャガー、XJ-Sのルーフラインを後ろまで伸ばしたら? 後方へ広い荷室を備える、魅惑的なフォルムのシューティングブレークが完成する。恐らく、最上級にエレガントなXJ-Sではないだろうか。

英国のコーチビルダー、リンクス社は、1982年から2002年にかけて、合計67台のイベンターを作っている。非常に貴重なモデルといえるが、今回の車両は更に特別。トム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)によって、唯一のチューニングを受けている。

リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)
リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)

シューティングブレークは、上流階級の趣味人が狩猟を楽しむ装備を運び、獲物を自宅へ持ち帰るための、オープンボディの馬車が起源にある。1890年代に誕生したといわれるが、1960年代には忘れ去られたボディスタイルになっていた。

しかし、アストン マーティンを率いたデイビッド・ブラウン氏は、愛犬と移動できる実用的なDB5を欲し、ボディ後半を延長して限定的に製作。その魅力へ気付いたボルボは1800ESを開発し、ランチアはベータ HPEを提供するに至った。

XJ-Sのスパイダーも製作したリンクス

1975年にV型12気筒エンジンのXJ-Sが発売されて以降、ステーションワゴンの必要性を唱えた人もいたようだが、ジャガー上層部はサルーンやクーペにこだわった。そこで技術力を発揮したのが、リンクス・エンジニアリング社だ。

同社はグレートブリテン島南部、イースト・サセックス州に拠点を置き、ジャガーCタイプとDタイプのレプリカで名が知られていた。XJ-Sのルーフを切断した、リンクス・スパイダーも1981年から提供していた。

リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)
リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)

リンクス社に当初から務め、25年間も取締役を担った、クリス・キース・ルーカス氏が振り返る。「自社のスパイダーでガソリンスタンドに立ち寄った際、偶然ジャガーの技術者から、実験部門のスタッフですか?って声をかけられたことがありました」

「自分の所属を答えると、しまった、余計なことを話したって、漏らしていましたね。しかし後日、開発中のXJ-SCを待ちきれない顧客がいると、ジャガーから電話で相談があり、コンバーチブルを数台提供しています」

シトロエン・アミのガラスがピッタリ

ジャガーは、コンバーチブルのXJ-SCを1985年にリリース。正規版が登場したことで、リンクスはシューティングブレークの開発へ即座にシフトした。スタイリングを担当したのは、クリス・イーストウッド氏という、審美眼を持った知人だった。

ボルボのようにボクシーなフォルムや、ドイツ風のステーションワゴン、クラシカルなオースチン・アレグロ風のものまで、複数のルーフラインを彼は提案した。だが最終的に採用されたのは、クーペのXJ-Sのルーフラインを自然に伸ばしたアイデアだった。

リンクス社のワークショップで製作されるイベンター
リンクス社のワークショップで製作されるイベンター

「すぐに試作が始まりましたが、課題はリアウインドウ。テールゲートへ収まるガラスを、型紙を作り工業団地を巡って探しました。偶然見つけたのが、シトロエン・アミ・デラックスのガラス。ピッタリの大きさで、入手しやすく、渡りに船でしたね」

記事に関わった人々

  • 執筆

    ライアン・スタンデン

    Ryan Standen

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジョン・ブラッドショー

    John Bradshaw

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

リンクス・イベンターの前後関係

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