ヴェンサー・サルテ

公開 : 2014.11.14 23:40  更新 : 2015.06.16 16:36

カーボンファイバー製のボディワークは、焼き入れから仕上げに至るまでが、オランダとドイツの国境近くのフリーゼンフェーンにあるヴェンサーのファクトリー内製であるというのだから驚きである。当初は外部委託に挑戦しようとしたのだそうだが、ヴェンサーの提示する価格やクオリティを満たす会社が残念ながら無かったということだ。したがって自前でオーブンを購入し、制作しているのだという。

”もちろん高くつきますよ。だけれども、そうすることによって質の保証ができますし、これこそが私どもにとっては大事なことなのです” とコッベン氏。この台詞こそ、筆者が読者諸兄にお伝えしたかった ’正しいことを正しい方法で行う’ という、ヴェンサーの不屈の精神のサマリーだと言っていい。

目の前におかれたサルテに視線を向ければ、その壮観な出で立ちにあっけにとられることになる。長く、幅広で、低く構えたさまは、まさにスーパーカーのお手本とも言える。しかしそれだけで終わらないのがこのクルマ。馴染みのない長いテールは、どこか他のスーパーカーとは違う風格をもたらしているし、同時に ’なんだかやってくれそうだな…’ という期待も増幅させる。

初のプロダクションカーだというのに、パネルの仕上げや塗装の質感はお世辞抜きに素晴らしいレベルにあり、フェラーリでさえ、サルテほどの仕上がりができるかどうか、怪しいほどである。

そしてこの恐るべき質感は、一旦、一般的なクルマのようにドアを手前に引いてから上に持ち上げるタイプのシザースドア開けた時に顔をのぞかせるサイド・シルや、豪奢なルックスのインテリアまで続く。

スーパーカーに相応しい香り、ルックスなど、全てにおいて抜かりがないのだ。こと細かく調整が可能なレザー・ステアリングを握り、周りを見わたせば、前方の視界が開けすぎていることに気づくはずだ。ダッシュボード中央のTFTモニターにメーターが集約されているために、従来のクルマと異なり、ドライバーの目の前には何もないのだ。もしかすると初めての人は ”あれ? メーターはどこに行っちゃったの?” と途方にくれるかもしれない。

いよいよV8エンジンに火を入れ、ギュッと中身が詰まっていそうなギアボックスを1速に入れた後に走りだせば、筆者がいまだかつて経験したことのない感覚が待ち構えていた。

スペック・シートを参照すると、1470kgという車重に対して、最高出力は631ps。LSDが組み込まれているが、トラクション・コントロールはゼロ、ということならば、スロットル・ペダルを踏み込む足にさほどの力を入れていないつもりでも後輪は盛大にスピンし始め、仮に心の準備ができていないならば、あっという間にコースアウトする羽目になると筆者は予想していたのだ。

しかし実際は、想像とは異なっていた。コッベン氏はヘネシー・パフォーマンスに、V8エンジンから叩き出される出力をコントロールしやすいように、可能なかぎりソフトにするよう要求したのだ。そして、見事にその通りになっている。

いや、もちろん現実的には腰が抜けるほど速い。0-100km/hタイムは3.6秒、最高速度は338km/hに及ぶのだから、非現実的なパフォーマンスだということは間違いない。しかし感覚として、強烈さや、じゃじゃ馬のような一面がうまく丸め込まれているのだ。馬力はもちろんのこと、なによりも重要なトルクの流れ込みかたが穏やかで、スロットル・レスポンスもなめらかなのである。

同様に操舵にたいする反応はとても上品であるし、乗り心地にも、無粋な突き上げのようなものは感じられない。筆者は多くの環境下において、満足に値する出来栄えだと感じたのだが、ヴェンサーはまだまだこれから更に煮詰めなおしていくとのこと。

ミドル・コーナーに侵入し、軌道を落ち着けると、構造に起因するバランスと粘り強さはとても素晴らしいものの、わずかながらに感触がやわらかすぎると感じたのも事実だ。現時点では、初期の転舵状況に大きく依存し、ほんの少しセオリーから逸脱してしまうと、リアの挙動が掴めなくなる傾向も確かにある。

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