ランボは、学校の送り迎えに最適! エスパーダを乗り続けた夫妻 前編

2018.05.05

100字サマリー

1977年に購入した「ランボルギーニ・エスパーダ・シリーズIII」を乗り続けたご夫婦のお話です。家族の移動手段、つまりファミリーカーとして購入。実に多くの試練を乗り越えてきました。

もくじ

前編
ランボ 3種のラインナップ
わが家のファミリーカー
「いつか捕まえてやる」 警官の勘違い
世界初の4シーター・グランツーリズモ
燃費も悪くないスーパーカー
後編
エスパーダ レストア開始
キャレロのヘッドライト探し
もう廃車か 救ったスペシャリスト
「こんなサウンド、ほかにはない」
孫の財産に ブル夫妻の想い

ランボ 3種のラインナップ

学校の送り迎えに最適!家族の移動手段として誰もが最初に選ぶクルマではないのかもしれない。リチャード&リン・ブル夫妻が1977年に購入した茶色のランボルギーニ・エスパーダは、実に多くの試練を乗り越えてきた貴重な1台だ。ビジネスマンとして大きな成功を収めたフェルッチオ・ランボルギーニは、ひたむきで情熱に身を委ねるタイプだ。だから決して次善のものには満足しない。1963年に試しに乗ってみたフェラーリにがっかりしたランボルギーニは、フェラーリとマセラティのライバルになることを目指して、新会社アウトモービリ・ランボルギーニ社を設立した。

350GTを発表したわずか4年後に、この新興自動車メーカーは、画期的なミウラに加え、優雅なイスレロ、途方もないエスパーダという3種類のモデルをラインナップに加えた。強気の経営者としても知られるフェルッチオは当然、こうした急速な展開を行った自分の製品が上流階級の賞賛を浴びることになるのを予期していただろうが、まさか自分の会社の4シーターが、ケント州の小さな村でファミリー・ハッチバックとして使われるようになるとは思ってもいなかったろう。

リン・ブルは当時を振り返ってこう語った。「夫のリチャードは昔からE-タイプを欲しがっていました。でも、1977年にセントキャサリン・ドックで黒のエスパーダを見てから気持ちが変わったようです。」その少し後に、偶然にもリチャードは自分が後に購入することになるクルマをニューエルサム地区で目撃した。「その数週間後、クラウンウッズウェイ・サービスステーションのショールームで、再び同じクルマを目にしました。家に帰ってくると、これは運命だ。買わないわけにいかないと夫は言いました」
 

 
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