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2017.03.20

日産デュアリスが欧州でトップ・クラスのシェアって知ってた? 大人気の理由、なぜ?

[編集部より]

日産デュアリス(英国ではキャシュカイの名)は、いかにしてクロスオーバーの王者となったのでしょうか? そこには日産の暗い過去と、前例のない挑戦がありました。

10年前、日産は欧州市場へ、アルメーラ・ハッチバックに代えてデュアリスを投入した。それは一種のギャンブルだったが、自社の運命はもとより、自動車業界の局面さえも一変させることとなった。

20世紀が終わりを告げようとしていた頃、日産首脳陣はもはや絶望感に慣れきってしまっているように見えた。

存続すら危ぶまれる事態に陥った1999年、ルノーは日産の株式の36.8%を取得し、54億ドルの資金を投入。日産はルノーの傘下に入り、再生への道を歩み始めた。

そこから、自動車業界の伝説が始まった。

送り込まれたカルロス・ゴーンの下で策定された日産リバイバル・プランは、社の根幹を揺るがすほどの、思いもよらない苛烈なリストラだった。容赦なく工場閉鎖と従業員数削減を実行し、系列サプライヤーとの親密な関係をコスト抑制のために切り捨てたのだ。

これによって、驚くほどの短期間に倒産の危機を回避し、財務状況を好転させたことは、読者諸兄もご記憶だろう。

次におこなったのは、商品ラインナップの見直しだった。その中心人物となったのが、新体制がスタートした1999年にいすゞから移籍した辣腕デザイナー、3月31日に退任を予定している中村史郎デザイン本部長である。

すでに輝きを失っていたモデルは、廃止もしくは大幅な路線変更が図られた。そのひとつが、欧州向けファミリーカーの小型ハッチバック、2代目アルメーラである。

初代モデル(日本ではサニーの名)はずんぐりしたボディに、冬の日の荒れ果てたバス待合所ほどの魅力しかないインテリアを持つようなクルマだった。

それだけに、2代目は真摯な改良を実施。エクステリアはパイを食べ過ぎでもしたような締まりのないデザインを捨てて、サラダ・ボールのように巨大なテールランプを誇示。インテリアには、買い物袋用のフックや荷物固定用ネットといった便利アイテムが用意された。

シャシーの出来も良く、不足を感じたのは後席の足元のスペース程度だった。ただし、クルマの完成度ではない部分に問題があった。競合するフォルクスワーゲン・ゴルフやフォード・フォーカスにあるような、ブランド力とショールームでのアピール力が欠落していたのだ。

そこで、日産は考えた。

英国市場でチェリーやサニーが販売台数ベスト10へコンスタントに名を連ねていた、1970年代の栄光を取り戻すにはどうすればいいのかを。

しかし、フォード・フォーカスを追撃するという販売目標は、追っ手から逃げても逃げても逃げ場所が見つからない悪夢のように、到底手の届かないゴールとなってしまった。

にもかかわらず、彼らが3代目の開発の準備を進めていたというのは、もはや自虐プレイの域だ。2002年頃、デザイナーもエンジニアもその作業に励んでいたことを、商品企画の責任者であるピエール・ロワンは、それから数年後に述懐している。

しかしゴーンは、その年の12月に計画中止を決定した。それまでの作業は無駄になるが、ロワンはゴーンの決断が正しいことを確信し、ひとり「メリー・クリスマス!」と、ほろ苦い思いと共に口にしたという。


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