手のかかる最高の高級車 ロールス・ロイス・ファントムIII 9年を費やしレストア 前編

公開 : 2023.08.26 07:05

ファントムIIより軽く速く洗練されたクルマ

その頃、アメリカの自動車産業は急速に発展し、8気筒や12気筒、16気筒エンジンを搭載した高級モデルが英国へ輸入され始めていた。6気筒エンジンのファントムIIと比べて遥かに高速で、安価で、静かでもあった。

欧州でも、ベントレーが8リッターを発表。イスパノ・スイザもV型12気筒のJ12を提供するなど、ロールス・ロイスの技術者を強く動揺させる変化が起きていた。

ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)
ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)

ファントムIIIの開発目標は、先代のファントムIIより軽く速く、洗練され扱いやすい操縦性を得ること。ホイールベースは短縮され、11フィート10インチ、約3607mmに設定された。

かくして、1935年に発表されたファントムIIIは目標を達成。車重は8%減らされ、V型12気筒エンジンは、それまでの6気筒より12%強力だった。このシリンダー配置は、コンパクトに仕上がるというメリットもあった。

その頃のロールス・ロイスは、飛行艇レースのシュナイダー・トロフィー用エンジン開発を通じて、多気筒ユニットに対する経験を積んでいた。クランクケースとヘッド、メインブロックはアルミ製で軽量。フロントアクスル側へ寄せた搭載が可能だった。

エンジンの外装は、ブラックのエナメル塗装。絶妙に調整されたシリンダーの燃焼タイミングと、バルブクリアランスをゼロに保つタペット構造を採用し、当時の自動車用ユニットとして最高水準の静寂性も実現していた。

英国製サルーンの平均を上回る動力性能

サスペンションは、ゼネラル・モーターズ(GM)のモデルに影響を受けた、セミトレーリング・ダブルウィッシュボーン。スプリングとダンパーは、それぞれ潤滑油で満たされたケースに収まった。

ライバルを凌駕する動力性能を、ロールス・ロイスは狙っていなかった。それでも、2770kgの車重でありながら、当時の英国製ファミリーサルーンの平均を上回る能力は秘めていた。

ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)
ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)

最高速度はボディによって異なるが、速い例で160km/h。重たいリムジンボディを架装しても、145km/h程度は出たようだ。トルクが太く粘り強く、5km/hも出ていれば3速で走行可能だった。

そのかわり、燃費は2.8km/L。ガソリンタンクの容量は150Lもあったが、さほど遠くまでは走れなかった。

高級サルーンとして、ショーファードリブンが前提だったが、オーナー自ら運転を嗜むことも想定されていた。ステアリングホイールを握れば、約14.6mという、ボディサイズとしては悪くない小回りで市街地を縫えた。

ロールス・ロイスは、ファントムIIIに標準のボディを設定しなかった。コーチビルダーのパークウォード社やマリナー社、バーカー社、フーパー社といったメーカーが、少量生産かオーダーに応じたワンオフで、上等なボディを製作した。

スタイルとしては、スポーツサルーンやカブリオレ、リムジン、ツーリング、プルマンなど多様。いずれも、ホイールベースは変わらなかった。

この続きは後編にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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